広島城は毛利輝元が築いた城として知られていますが、着工が1589年(天正17年)で、全工事が完了したのは1599年(慶長4年)のことです。10年がかりで築いたことになります。
しかし翌年には「関ケ原の戦い」が起こるわけで、西軍の総大将であった輝元は減封されて広島を去ることになります。
代わって入城したのは福島正則で、正則は穴太衆を雇って大規模な改築をおこなったそうですが、幕府の怒りを買い改易されることになります。
その後は明治時代に至るまで、12代にわたり約250年間、浅野氏の居城となりました。
明治以降も天守は残り、1931年(昭和6年)には戦前の国宝(旧国宝)にも指定されていましたが、1945年(昭和20年)のアメリカ軍による原子爆弾投下の影響によって倒壊しました。
爆風や火災によるものではなく、自壊したということが近年の調査でわかっています。
現在ある天守は1958年(昭和33年)に総事業費約3,600万円をかけて外観復元されたものです。
天守台も含めると39mの高さですので、見上げるとその大きさがよくわかります。
築城400年にあたる1989年(平成元年)に内部改装を行ない、現在は武家文化をテーマとした歴史資料館になっています。毛利家だけでなく、浅野家にまつわる展示品もたくさんあります。
(残念ながら撮影不可なので写真はありません)
最上階は展望スペースになっていて、周囲を眺めることができます。
これは二の丸表御門の方向です。
広島城天守は望楼型であることだけでなく、黒漆塗りの下見板が張られた壁面も含め、とても美しい外観ですので、復元天守ではありますが一度は見ておきたい天守のひとつですね。
広島城のパンフレットを提供いただきました。