郡山城
郡山城

[奈良県][大和] 奈良県大和郡山市


  • 平均評価:★★★☆☆ 3.46(70位)
  • 見学時間:1時間7分(58位)
  • 攻城人数:1908(80位)

追手向櫓

追手向櫓は本多氏時代には大手先艮角櫓と呼ばれた2重櫓で、追手門を守るために建てられました。
1873年(明治6年)に破却されましたが、1987年(昭和62年)に復元されました。


内側に案内板があります。手前にあるのは多聞櫓です。

追手向櫓(おおてむかいやぐら)
 追手門(梅林門)を守るための櫓で、本多氏時代(一六三九~一七二三年)は大手先艮角櫓(おおてさきうしとらすみやぐら)と呼ばれていました。
追手向櫓と呼ばれるようになったのは、柳沢氏入城後(一七二四年)のことです。
 櫓は明治6年に取りはらわれましたが、記録によると、下重(一階)は4間2尺に5間、上重(二階)は2間四方の二重櫓であったと伝えられています。昭和六二年三月吉日
大和郡山市教育委員会
   

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古城物語 (時代小説文庫)

櫓や門、井戸と言った遺構(場所もはっきりしないものもありますが)にまつわるエピソードとメインテーマにした作品。
全9話の短編(安土城の鬼門櫓・大阪城の天守閣・春日山城の多聞堂・名古屋城のお土居下・稲葉山城の一の門・熊本城の空井戸・姫路城の腹切丸・彦根城の廊下橋・鹿児島城の蘇鉄)
不条理で暗い物語が多いですが、攻城の際に現地で想いを馳せるのも一興かと。

遠里小野さん)

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