黒まめ(くろまめ)さん 武将 サポーター   フォロー

攻城団は、居心地がよく、でーんと居座っていますが、11月14日でやっと1年のひよっ子です。攻城団という場所は、心の奥底にあった、幼いころ両親に連れられてお城に出かけた思い出や、父の横で意味も分からず見た大河ドラマの断片的な映像の記憶などを、何十年も経った今、じわじわと外に引っ張り出してくれるところのような気がします。これからも、お城や歴史について楽しみながら学んでいきたいと思っています。よろしくお願いします。

黒まめさんのタイムライン

黒まめさん の読者投稿欄「【都道府県バッジ】あなたが思う、山梨県を代表するお城を教えてください(3つまでOK)」への回答が更新されました(00:00:12)

山梨県のお城も全く未攻城なので、自分が行きたいお城の中から選びました。まずは、武田氏3代の居館「躑躅ヶ崎館」です。遺構よりも、武田氏の息吹を感じる歴史的な場として楽しめるのではないかと思います。次は、「新府城」です。甲斐武田氏の最後の城で作事奉行があの真田昌幸である魅惑的な城です。そして最後に「甲府城」を挙げます。武田氏滅亡後に築かれた城ですが、豊臣期、徳川期共に重要な城だったようです。城の規模も大きく、
建物も復元されていて、お城として楽しめると思います。あと、個人的には、躑躅ヶ崎館の詰城「要害山城」も「躑躅ヶ崎館」とペアで訪れたいです。

黒まめさん が  躑躅ヶ崎館(山梨県甲府市) を「行きたいお城」に登録しました(2021-05-15)

黒まめさん が  新府城(山梨県韮崎市) を「行きたいお城」に登録しました(2021-05-15)

黒まめさん が  要害山城(山梨県甲府市) を「行きたいお城」に登録しました(2021-05-15)

黒まめさん が  甲府城(山梨県甲府市) を「行きたいお城」に登録しました(2021-05-15)

黒まめさん が最近のひとことを更新しました(2021-05-12)

4都府県の緊急事態宣言に伴い、閉鎖されていた和歌山城ですが、本日5月12日より営業再開したそうです。緊急事態宣言も延長されたので、なかなか出掛けにくいと思いますが、お知らせしておきます。
https://www.instagram.com/p/COumKfnhL13/?igshid=8k6f8125795y

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黒まめさん が最近のひとことを更新しました(2021-05-09)

昨夜の「世界不思議発見」は「本能寺の変」についてでした。最近話題になった「乙夜之書き物」について触れられていました。動機についての新解釈や、信長の家臣弥吉に扮したレポーターが、中国大返しの体験をするなど、なかなか面白かったです。

黒まめさん が最近のひとことを更新しました(2021-05-07)

「明恵上人紀州八所遺跡」続きです。明恵の伯父にあたる湯浅宗光(保田宗光とも)を惣領とする湯浅氏の一門、他門諸家は、一族結集の核となり、領地住民と自らを結ぶ環として、明恵を位置付け、自分達の拠点を霊場として整備しました。それが、有田川町の筏立(いかだち)遺跡(写真右上、国史跡)、有田市の星尾遺跡(写真左下、国史跡)、有田川町の糸野遺跡(写真左上、以上、明恵の伯父宗光の保田荘、石垣荘の屋敷跡)、内崎山遺跡(写真右中、幼くして両親を亡くした明恵の養父母、崎山良貞と明恵の叔母である妻の崎山尼の崎山屋敷)です。内崎山遺跡の卒塔婆だけが所在不明で昭和8年に再建されました。そして、師匠で伯父の文覚が対馬に流され、湯浅氏も多くが地頭の任を解かれるなどの混乱を避けるために、有田川町最勝寺の背後に結んだ草庵が神谷後峰遺跡(写真右下、国史跡)です。世間から逃れるというのもうなずける山の中で、唯一たどり着けなかった場所です(卒塔婆の写真はなく、ここら辺と見当をつけたところを撮影)。本腰いれて歩いてリトライするつもりです。今回数度に分けて訪れた明恵上人紀州八所遺跡は、湯浅氏一門、他門の屋敷地、信仰する寺院に明恵を迎え入れ、聖地とした場所だということで、湯浅党の息吹を感じながら聖地巡礼のような気持ちで廻りました。おそらく、明恵は一族の誇りでありシンボルであるとともに、広告塔のような役目も担っていたのではないかと想像を巡らせました。

黒まめさん が最近のひとことを更新しました(2021-05-05)