和歌山城
和歌山城

[和歌山県][紀伊] 和歌山県和歌山市一番丁3


  • 平均評価:★★★★☆ 3.89(15位)
  • 見学時間:1時間38分(11位)
  • 攻城人数:3658(28位)

和歌山城の城活ノート 最新順

和歌山城について書かれた毎月サポーターによる城活ノートです。

黒まめ

黒まめさんによる城活ノートです。(2025/04/21記入)


西の丸庭園を北側から入った右側に、結晶片岩で囲まれた井戸があります。
写真の右扉奥に人が見えますが、その場所です。
内側に瓦を貼った井戸で、おそらく江戸時代徳川期の井戸だということです。
私も何度も通っていますが、井戸があったことに初めて気づきました。
周りを笹薮に囲まれて、何が何だかわからない状態になっていたのを、今回刈ってみたんだそうです。
内側の写真は公開NGなのですが、外観は誰でも見える位置にあるので(近くまでは寄れませんが)、和歌山城攻城の折には見てみてくださいね。
北側から入って右の崖の上に、懸造の聴松閣(ちょうしょうかく)や茶室水月軒があったので、家来がこの井戸から水をくんで運び上げたのだろうということです。
ついでに、水島先生が教えてくれたのですが、庭園が有料だった時代の受付の建物の裏に、細長い石が見えます。鳶魚閣の本物の礎石だそうです。水中に置く四角い石と、そこにはめて建物を支える柱石が4組ありました。矢穴もありました!
立入禁止の場所なので、普段は細長い柱石が見えるだけですが。

黒まめ

黒まめさんによる城活ノートです。(2025/02/04記入)


早いもので、1月も終わり、2月となりました。
2月になっての初登城となりましたが、目的はわかやま歴史館歴史展示室の企画展「和歌山城の石垣発掘!」です。
企画展はどうしても小規模なものになるのですが、石垣推しの和歌山城なので、結構力が入っていました。
転用石は、他の城でも見かけますが、裏込めにまで五輪塔や石臼等を使っていたとは驚きです。
歴史展示室でふと和歌山市史跡地図を見て、頼宣の生母を祀った「養珠寺」と歴代藩主の正室の墓所がある「報恩寺」に目が留まりました。
よし、今日は「紀州徳川家縁の寺院めぐり」に行こう!
和歌山城の南の防備のために、寺院を集められた「寺町」にある「報恩寺」は、市内中心部にあるとは思えない広い寺院でした。その奥まった所に、初代頼宣の御簾中瑶林院(加藤清正娘 八十姫)の巨大な宝篋印塔と、光貞御簾中天真院(伏見宮照子女王)、吉宗御簾中寛徳院(伏見宮理子女王)の三基が並んでいました。他にも少し小ぶりの墓碑が両側に並んでいました。
歴代藩主の菩提寺「長保寺」は海南市の実家近くにあるので、何度も行きましたが、歴代藩主の墓碑より立派かも…。
そこから、和歌浦へ移動しました。
しかし「養珠寺」は見つからず、Google mapを見てみると、あれれ、ここは雑賀城の麓ではないですか!
以前、雑賀城攻城で見かけたお堂は「養珠寺」の妙見堂で、まさに養珠院を祀ったものと判明。「灯台下暗し」でした。
ちなみに、頼宣の母は「ようじゅいん」で、寺名は「ようしゅじ」と少しややこしいです。
今日は、地元でも知らなかった所を新たに知りました。ウレシイ!
(写真は報恩寺にある墓所の入り口の門です。)

黒まめ

黒まめさんによる城活ノートです。(2025/01/03記入)


「和歌山城の魅力講座」というお題で元旦インスタライブが行われました。私も知らずに、アーカイブで視聴しましたが、結構面白かったです。お城EXPOで30分で語る予定がオーバーしてしまい、強制終了されたお話だそうです。ご興味のある方は、ぜひどうぞ!
https://www.instagram.com/reel/DERB0otTAaN/?igsh=MW9vajBiaWRjbHFmbA==
写真は、わかやま歴史館にある天守の立体模型です。

黒まめ

黒まめさんによる城活ノートです。(2024/10/20記入)


和歌山城郭調査研究会の公開訪城会で攻城しました。スタッフとして参加したので、午前と午後の2回攻城しました(笑)ストリートミュージアムを使っての攻城で、4月に行った城旅とほぼ同じコースです。(というか私が昨年のこの企画を共有したわけです。)
訪問ガイドにも書きましたが、
わかやま歴史館の裏にあった「吹上門」から更に内側の「勘定門」があった所の石垣が左右異なる時代のものであることは、城旅参加者のみなさんにはお伝えしたのですが、砂岩と結晶片岩が混在し、主に結晶片岩の間詰石は長い年月の間に抜け落ちたものもあり、石垣補修の際、奥に土佐漆喰を注入した後間詰め石を詰めるという作業を行ったそうです。これが石垣補修の一つの形として、名古屋城からも見に来られたそうです。
大手門の裏紋について、こうの団長も質問してくださいましたが、門の瓦に家紋の瓦を使うことはほぼ無く、大体は巴紋の軒丸瓦が使用されるそうです。和歌山城でも門跡から裏紋の鍬形紋であれ葵紋であれ、家紋の軒丸瓦が発掘された記録も無いそうです。大手門復元の際、誰かが根拠なく裏紋を使う提案をし、そのまま裏紋の軒丸瓦を使用して復元されてしまったようです。
二の丸表御殿跡のすぐ近くにある井戸は、コンクリートで補修されているものの、中は当時の石組みが残っており、今も生きている(水がある)らしいです。(中は見ることができませんが、下に敷かれた石は当時のものだそうです。)堀の水位の上下と連動して水位が変化するので、どこかで堀と繋がっているのではないかということです。
今回得た情報は、また次回の城旅でも共有したいと思います。それまでに和歌山城を攻城される方は、「勘定門跡の石垣」、「二の丸の井戸(右中)」をぜひ御覧ください。

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今日のレビュー

全国 御城印 大図鑑

遅れましたが、先日買わせて頂きました。
発売が5年前ですが、それでもこの収録数は圧巻です!
今現在は更に御城印が増えましたし、今後はどうなるか分かりませんが、是非とも最新版 or 第二弾とかを出しても面白いかな?と思う、御城印の可能性を感じる攻城団の素晴らしい本です☆
御城印を集め始めた人は必須ですし、自分みたいに結構御城印を集めている方でも大満足される内容で、一家に一冊レベルです!
とりあえず、読んでみて貰えれば分かります。
凄いです👏🏻

BUGさん)

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