のり

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兵庫県丹波市在住。
御城印がきっかけで攻城団に出会いました。城を巡っていくうちに御城印だけでなく、城の遺構や歴史に興味を持つようになり、後に訪問する団員さんたちに少しでも情報提供できるように、攻城記録やアップした写真に必ずコメントするように心がけています。

のりさんが過去に回答した読者投稿欄のお題

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竹田城がオススメです。竹田城と言えば天空の城と呼ばれているほど雲海が有名ですが、実は山桜もたくさん植えられていて、春には城域全体が桜の花で覆われてとても綺麗です。また運が良ければ滅多に見られないと言われている桜と雲海のコラボで、桜雲海と呼ばれる光景を見ることも出来るそうです。実は撮影した日も桜の時期で雨上がりを狙って行ったのですが、雲の位置がはるか上空でしたので、桜雲海は叶いませんでした。右下の写真は私の部屋にある桜雲海のジグソーパズルですが、いつの日か実物を見てみたいと思っています。

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豊臣兄弟ゆかりの城で私が一番思い出に残っているのは、秀長が山名氏を攻め落とし、「羽柴」の名で統治した始まりの城で、但馬統治の拠点とした有子山城です。
私が攻城団に入団してまだ間もない頃に初めて登城した時は、とにかく斜面が急で何度も息切れをしながらやっとの思いで登城したのを覚えています。個人的には正続100名城のなかでもかなりきついんじゃないかと思います。
しかし山頂には秀長の重臣・藤堂高虎が関わっているとされている野面積みの素晴らしい石垣が残っていて、登城の疲れが吹き飛ぶくらい感動しました。
写真は主郭から見た出石の街並みで、当時秀長がこの場所をどのように治めていくか考えていたんだろうなと思いました。

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私にとっての2025年は、2つ大きな出来事がありました。
1つ目は藤堂高虎バッジを獲得出来たことですね。私にとって一番のネックだったのは江戸城だったのですが、車で兵庫県から東京都まで遠征出来たのが大きかったです。あと山中城や滝山城の北条氏の豪快な堀も迫力がありました。
2つ目はやはり利神城の貸切ガイドツアーです。私自身城たび初参加で初幹事だったので、うまくやれるか不安でしたが、何とか天気も回復して、参加者の皆さんに満足していただけたようですので、良い思い出になりました。
2026年の攻城目標は達成できるかわかりませんが、大河ドラマの豊臣兄弟に合わせて、豊臣秀吉ゆかりのバッジの獲得と、少しずつですが古代山城も巡って行きたいと思っています。
写真は城たび利神城貸切ツアーでの天守丸ヘ向かう途中の光景です。

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私の住んでいる兵庫県丹波市にある黒井城の別名、保月城が気に入っています。
一説では、城跡が船城地区方面から見える月の風景が美しく、「保月」と名付けられたという説や、築城者の赤松筑前守貞範が自身の名前から「築」を取って「保築城」と呼び、後に「保月城」と転訛した説があるそうです。
黒井城の本丸跡は360度パノラマで、眺望も素晴らしいので、当時も城主が夜には美しい月の風景を眺めていたんだろうなと思いました。
また、春や秋の早朝に訪れると、写真のような雲海に出会うことも出来ますので、オススメの城跡です。

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私が小学生のときに、小学館の学年別学習雑誌に付録で付いていた織田信長公を題材にした歴史マンガが多分きっかけだったと思います。そこから学校の図書室にあった歴史マンガをよく読むようになり、歴史が好きになっていきました。
写真は織田信長公の歴史マンガにも登場していた安土城の天守台跡の説明板です。

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大坂の陣に至るまでの自分の立ち位置によると思いますので、かなり悩みましたが、(当時の大名たちも相当悩んだと思います。)純粋に城を攻める側、守る側で考えた時に、大坂の陣ですので、徳川方が城を攻める側、豊臣方が城を守る側になると思います。
私個人としては戦略などで頭を使う攻城戦をやってみたいですので、徳川方に参陣して、難攻不落の大坂城を攻めてみたいと思いました。
写真はドーンセンターにある豊臣時代の大坂城の石垣です。

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個人的にはやっぱり松江城です。私が松江城の御城印を買って他の城にも御城印があると知り、集めたいと思ったのがきっかけで、攻城団に入団しました。
その頃は現在のように写真をたくさん撮ったり、城内をじっくり見て回ることが無かったので、もう一度行って今度はじっくりと見て回りたいと思っています。
私が初めて獲得したバッジが日本三大湖城だったのですが、滋賀県の膳所城や長野県の高島城もじっくり見て回っていないので、機会があればこの2城も再訪してみたいと思っています。
写真は松江城の天守から見た宍道湖です。

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200名城以外となるとかなり難しいですが、篠の丸城のある最上山公園がおすすめです。日本のカエデ約3,000本を中心に、公園周囲には世界各国のカエデ約400本も植栽されていますので、紅葉の時期になると山全体が真っ赤に染まります。
また、ゆっくり探索できる遊歩道や弁天池が近くにあり、憩いの場にもなっています。
写真は時期が少し早かったため、完全に赤くなっていませんが、綺麗な光景でしたので、機会があれば是非行ってみてください。

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明石城の坤櫓と巽櫓が私のお気に入りです。櫓の名は方位を表し、坤(ひつじさる)は本丸の南西、巽(たつみ)は南東にあることに由来しているそうです。明石駅からもよく見える明石を象徴する存在で、全国に12基しか存在しない現存三重櫓のうちの貴重な2基で、国の重要文化財に指定されています。長さ380m、高さ20m超の石垣の上に築かれているので迫力があり、写真のように1つの城で現存する2つの櫓を同時に撮影することが出来るので、贅沢だと思います。

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現存天守以外で今でも印象に強く残っているのは、愛媛県の大洲城です。現在の4層4階の天守は、明治期の古写真や天守雛形と呼ばれる江戸期の木組模型などの史料をもとに平成16年(2004)に木造で復元されているので、かなり完成度が高いです。(4棟の櫓は現存しています)天守内は今でもすごく居心地が良かったのを覚えていて、櫓内も日当たりが良く、そのまま布団を敷いて寝たいくらいでした。あと大洲城にはかなり高額ですが、天守を貸し切り、1日だけ城主となって宿泊できるプランがあるそうです。

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私は現在藤堂高虎バッジ対象の城を巡っているのですが、藤堂高虎の築城技術に興味がありますので、藤堂高虎の生きていた時代に行って、写真のような大阪城の高石垣と堀はどのようにして築かれているのか、築城している工事現場を見学してみたいですね。そして工事現場の責任者や、藤堂高虎公にもし会えたら贅沢だと思われるかもしれませんが工事現場を案内してもらって、なぜこの場所に築城するのか、どのようなコンセプトで築城しているのか聞いてみたいです。

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九鬼嘉隆と村上武吉を挙げさせていただきたいと思います。九鬼嘉隆は織田信長に仕えた「九鬼水軍」の総大将で、村上武吉は毛利輝元に仕えた「村上水軍」の総大将ですが、織田と毛利が激突した第一次木津川口の戦いでは、村上水軍は「焙烙(ほうろく)」という火薬を詰めた爆弾を投げ込み、「火矢(火をつけた矢)」を巧みに使って織田船団(九鬼水軍)を焼き払って村上水軍が勝利しました。しかし織田信長が九鬼嘉隆に燃えない鉄製の船を建造するように命じて、「焙烙・火矢」も効かない鉄甲船6隻を伊勢で建造させました。そして第二次木津川口の戦いでは、厚い鉄板で覆われた鉄甲船に「焙烙・火矢」は通用せず、九鬼嘉隆は大砲・大鉄砲を打ち込んで集中攻撃するという戦術を取り、村上水軍を打ち崩したそうです。このように2度にわたり海で激戦を繰り広げた2人は海賊のライバルだと思います。写真は村上海賊ミュージアムの村上武吉公の像です。

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今年中に行けるかわかりませんが、昨年に天空の城バッジを獲得しようと赤木城に行った時に、赤木城の御城印と一緒に藤堂高虎の武将印を買ったのがきっかけで、去年から藤堂高虎バッジの対象の城も意識して巡っていました。藤堂高虎は、秀吉と家康という2人の天下人に仕えていて、高石垣や枡形虎口といった防御力の高い城が特徴だそうですが、近畿地方や四国地方など色んな場所に城を築いているので、達成するのはかなり難しいと思っていたのですが、気が付けば今残っている未攻城の城が、伊賀上野城、津城、江戸城の3城のみとなっていましたので、大まかですが夏までに三重県、冬までに東京都のほうに行きたいと思っています。

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城といえば桜のイメージが強かったので、桜の花以外となるとかなり難しかったですが、大分県の佐伯城は桜とツツジが有名だそうです。私が訪問した時は、桜は終わっていましたが、三の丸にツツジの花が咲いていました。佐伯城は続100名城の1つで、登山道も整備されていて、本丸の石垣も圧巻で、映画「釣りバカ日誌」のロケ地でもあり、本丸から眺める佐伯湾も絶景ですので、大分に行かれた際にはぜひ行ってみてください。

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今思えば当たり前の事だと思いますが、少しでも山城に行く可能性がある場合は、季節や標高に関係なく必ず水分を持って行ってください。私が鳥取城に行った時に山上ノ丸の標高が約260mと比較的低い山で、観光客の方も余裕そうな感じで登っておられたので、何の準備もなく登ってしまったのですが、5合目あたりで喉がカラカラになってしまい、下山するまで辛い思いをしました。それ以来必ず城巡りをするときは水分を持ち歩くようにしています。あとは山城は登山になりますので、スニーカーだと滑りやすいのでトレッキングシューズを履くことと、私の場合は脚の筋肉へのダメージで、膝や太ももが痛くなるのを防ぐために、登山中か登山後にプロテインバーを食べています。写真は鳥取城の山上ノ丸から眺望です。こうした絶景も山城の醍醐味なので、ぜひ頑張ってみてください。

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過去にも違うお題で触れたのですが、私がいくつかの山城を経験してその集大成として挑んだ大分県にある長岩城です。長岩城といえば「山城愛好家の聖地」や「日本一危険な山城」ともいわれているそうですが、危険なのは石積櫓と弓形砲座への道なので、本丸に行く分には石がゴロゴロしていて歩きにくいですが、そんなに危険ではないです。長岩城の石塁は、石材が鉄平石と呼ばれる、平らに割れる石が使われていて、特に東之台から本丸まで続く登り石塁は、大蛇が地を這うように延々と続いていて、次に行った中津城の攻城に力が入らないくらいずっと興奮していました。確かに石積櫓や弓形砲座も素晴らしかったですが、無理に行かなくても登り石塁だけでも見る価値は十分あると思います。記帳所にある帳簿を見たのですが、愛知県の方が「今度こそ石積櫓まで行きます!」と書かれていたので、何度も挑戦していらっしゃるようです。

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私が話してみたいトークテーマは、知名度は低いけど雲海を見ることができるマイナーな天空の城について話してみたいです。攻城団には天空の城バッジがあって、対象の城を巡っていますが、私の地元では対象となっている黒井城以外にも高見城や、私が本城にしている岩尾城、福知山市の鬼ヶ城も雲海を見ることができるので、日本全国にはまだまだあるんじゃないかと思ったので、ほかの団員さんに聞いてみたいです。写真は高見城の主郭と雲海です。

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私は兵庫県に住んでいるので、兵庫県出身の有名な武将で思い浮かんだのが、黒田官兵衛の嫡男の黒田長政です。長政は永禄11年(1568年)12月3日、黒田官兵衛と正室・櫛橋光の嫡男として姫路城で生まれ、九州平定、文禄・慶長の役で活躍し、特に関ヶ原の戦いでは東軍につき一番の功労者として称えられ、徳川家康より筑前国名島に52万3千余石の封を受け、福岡藩を立藩し初代藩主となったことで知られています。ではなぜ黒田官兵衛ではなく、長政を選んだのかというと大分県にある山城愛好家の間で有名なあの「長岩城」を落城させたことが個人的に一番大きな理由です。すでに行かれた団員さんなら身に染みてご存知だと思いますが、黒田軍はあの要塞をひるまずに入れ替わり立ち替わり、絶壁をよじ登って三之城戸まで攻め入って3日3晩の攻防戦を制したそうです。なかなか真似できないと思ったので、黒田長政を兵庫県の代表として選びました。

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実際に夏祭りの花火を見に行ったことが無いので、回答しようか迷ったのですが、以前大洲城へ行った時に「大洲川まつり花火大会」という花火大会があり、大洲城の北側にある肱川の河原から花火が打ち上げられると城のスタッフの方から聞いたことがあります。冨士山公園 頂上展望台から見ると、天守と花火が綺麗に見えるそうです。

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山城に行くと大抵セットになっているので、趣味と言っていいかはわかりませんが、城巡りと一緒に登山も楽しんでいます。当初は山城や登山にはあまり魅力を感じなかったのですが、会社の人の勧めで去年の7月に利神城のガイドツアーに参加した時に、ガイドさんに利神城の遺構や歴史、山の登り方等色々教えていただいたり、参加者の中に88歳で一緒に登山をしたパワフルな女性の方がいたりと、知識を深めながら、健康にもなれて、年をとっても長く楽しめると思ったのがきっかけです。それ以来、山城にもよく登山をするようになりました。写真は後日送ってもらった三の丸での記念写真で、後ろに見えているのが、山頂の天守丸です。現在はガイドツアーでないと登城出来ませんが、ガイドさんがいるので初心者の方でも簡単に登れます。天空の城バッジ対象の城でもあるので、機会があればぜひツアーに参加してみてください。

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攻城団に入団した頃の自分に言いたいことが1つだけありまして、もっと城の遺構(堀や石垣など)の写真をもっと撮って欲しかったと言いたいです。これは今もずっと後悔していて、当時は御城印を買うことがメインとなっていたので、入団当初に行った城の写真がほとんど残っていない状態で非常にもったいないことをしてました。特に松江城の写真はピンボケしているのがほとんどで、まともな写真は天守しか残っていませんでした。また再び訪問した際には写真をたくさん撮ろうと思っています。入団されたばかりに方や、あまり写真をアップされていない方は1日5枚までしかアップできないと思いますが、毎日5枚ずつピンボケしていない写真をアップしていけば、10周年記念ライブで、こうのさんもおっしゃっていたように、6枚以上アップできるようになりますので、写真を撮るモチベーションも上がると思います。

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家族で下呂温泉に旅行へ行った時に、岐阜県の城をいくつか巡ったのですが、家族に一番好評だったのが苗木城でした。紅葉のシーズンに行ったのですが、山城なのに公園のようになっていて歩きやすく、紅葉狩りをするにはうってつけの城だと思いました。外国人観光客の方も来られてて「ビューティフル!」と言っていました。天守跡に設けられた展望台からの眺望も素晴らしく、巨石を利用した石垣も珍しいので、秋の行楽シーズンに岐阜県ヘ旅行に行かれる際は候補にされても良いかと思います。

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私が攻城団に入団したきっかけが御城印集めでしたので、今でも御城印が購入出来る場所を調べる時に使っています。写真は今まで集めた御城印の一部ですが、今は100枚以上あります。攻城団が無ければここまで集めることが出来なかったと思います。あとは攻城記録や写真のアップですね。初めのころは御城印にしか頭に無かったので、写真やコメントもあまり残していませんでしたが、徐々に登城してみて感じたことや、城の歴史にも興味を持つようになり、後に攻城される団員さんたちの参考になるように、攻城記録や写真のアップにも力を入れるようになりました。私が攻城団に期待することは、出来るだけ長くこのサイトが続いていってくれればそれだけでいいかなと思っています。

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現存天守の中で私がもっとも好きな城は、松本城と悩んだのですが、やっぱり姫路城です。家から一番近い現存天守で最初に訪問した城だったのですが、攻城団に入団する前は単に世界遺産の城で観光名所というだけの認識でした。しかし攻城団に入団した後、残りの11城を巡った後に初日の出を見に行ったのですが、改めて美しい城だと思いました。また姫路城には天守や櫓、門を含めた82棟が現存していることを知った時は、驚きました。まさに奇跡です。12城巡ってみないと、姫路城の本当の素晴らしさはわからなかったと思うので、きっかけをくれた攻城団の皆さんには感謝しております。

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マイルールといっていいかはわかりませんが、訪問した城の攻城メモにコメントしたり、写真を必ず1枚以上アップして、その際に必ず説明やコメントも入力するようにしています。最初の頃は感想的なコメントをしていましたが、写真を見てあっぱれしてくださる団員さんに少しでも情報提供できるように、最近は自分なりに城のことを調べて、わかる範囲で歴史や詳細なコメントをするように心がけています。

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私の2024年の攻城目標としては、「天空の城」バッジの獲得を目標にしたいと思っています。現存天守12城のバッジを獲得した後、どんな城に行こうか迷っていた時に会社の同僚の方の勧めで少しずつ巡っていて、残るは岡城、津和野城、鬼ノ城、赤木城の4城となりました。今まで行った城で雲海に出会えたのは地元の黒井城だけですが、一部の方から竹田城を凌駕すると言われているだけあって、本丸跡からの景色はまるで天国にでも来たかのようで感動しました。このバッジは達成している方が少なく、岡城と津和野城は私の住んでいる兵庫県からだと結構遠いので2024年中に攻城するのはかなり難しいかもしれませんが、頑張っていきたいと思います。

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1つ目は1493年の「北条早雲(伊勢宗瑞)の伊豆討ち入り」です。堀越公方という権力者に代わって伊豆を支配したという点で下剋上の代表例として取り上げられ、これをきっかけに今川氏の家臣から伊豆を支配する一国の主となり、最初の戦国大名が誕生した事件です。2つ目は1549年のイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルによる「キリスト教の伝来」です。キリシタン大名の誕生や、1587年の秀吉のバテレン追放令、1612年の家康の禁教令と後にその信仰を恐れた為政者により苦難の歴史をたどる事になった事件です。3つ目は個人的に一番重大なニュースだと思っている1542年に種子島に火縄銃が伝来した「鉄砲伝来」です。槍や刀を持った兵の一騎打ちではなく、長篠の戦いのように鉄砲隊をそろえた集団戦法が主流になり、城郭も「山城」から平山城を経て「平城」へと変化するきっかけとなった事件です。私が思うのはこの3つですね。

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私が初めて訪問したお城は、本城にしている岩尾城です。岩尾城は私の家の裏山にあるのですが、小学生だった当時、登城口の1つになっている和田小学校に通っていまして、授業の一環として岩尾城に行ったのを覚えています。当時は獣道のような登山道だったと思いましたが、攻城団に入団後にもう一度行ってみたら、かなり整備されていて、案内板も設置してあり、天守台にはベンチもありました。会社の同僚の方から聞いたのですが、「一度は行くべき 行きにくい城」という書籍に岩尾城が掲載されていたそうです。岩尾城への電車やバスの本数が少ないためアクセスが悪く、車を持っている方でないと行くのは厳しいかもしれませんが、石垣が丹波の山城の石垣遺構のなかでも最も優れたものと言われていて、綺麗な状態で残っていますので、是非訪問してみて下さい。

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私が兵庫県に住んでいる事もあり、私がお城に興味を持っていなかった頃から姫路城に5~6回程訪問していました。(攻城団に入団した後は1回しか訪問していないので攻城記録は1回しかつけていませんが)姫路城は世界遺産や国宝の城だけあって、お城にあまり興味のない方でも観光名所としてよく来訪されています。私が姫路城に訪問していた理由としては、平成の大修理で天守が真っ白になり、桜の時期になると何度見ても飽きないような景色が広がるからですね。あと姫路城には「好古園」という庭園があるのですが、紅葉の時期の夜に訪問するとライトアップされます。こちらも何度見ても飽きないですね。初夏の時期は訪問していませんが新緑の好古園も人気があるそうです。攻城団に入団してからいろんなお城を巡っていますが、個人的に日本のお城といえば、やはり真っ先に思い浮かぶのは姫路城です。

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今年の春に福知山城を訪れたのですが、ちょうど福知山お城まつりをやっていました。福知山城が再建されてから開催されている伝統の祭りで、福知山城をはじめ公園や通り、会館や市街地などでショーやパレード等のイベントが催されていました。2日間にわたり開催されるので、他のお城の祭りには行ったことがないのですが、かなり大規模な祭りだと思います。祭りに参加される際には事前に日程や見たいイベントやパレード等を調べておいたほうが良いと思います。

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私が知っているのは2城あって1つ目は松江城の堀川遊覧船で、松江城を囲む堀川を全長約8m、幅約2mの小さな船で約1時間かけて一周します。乗船場は、大手前広場乗船場・ふれあい広場乗船場・カラコロ広場乗船場の3ヵ所。船頭さんによる観光案内を聞けますのでおすすめです。
2つ目は高松城の高松城跡内濠遊覧和船「玉藻丸」です。乗船場所は、西門から入り二の丸を抜けた水門近く。二の丸と三の丸の間の内堀を天守台を横目にして30分ほど周遊します。日中は30分間隔で運航。こちらは鯛に餌やりができます。この写真は高松城の天守台から内濠を撮ったものです。船は写っていませんが右奥に水門があり、こちらに向かって周遊してきます。

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兵庫県民としては姫路城と言いたいところですが、私がおすすめしなくてもみなさんご存知だと思いますので今回は尼崎城をおすすめします。天守の2階には侍道場があり剣術と鉄砲をゲームで体験できる人気スポットがあります。松山城にもありましたが、刀の重さを体験することもできます。3階にはなりきり体験ゾーンがありお姫様、忍者(忍たま乱太郎仕様)、兜&陣羽織、武士のコスプレができます。(写真撮影OK)尼崎城址公園にはアスレチック遊具もありますので、親子で1日楽しむことができると思いますよ。

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よみがえる江戸城―徹底復元◆天下の巨城の全貌 (歴史群像シリーズ・デラックス (1))

CGによって再現した江戸城の御殿や天守を紹介する。御殿も天守も現在は失われているが、詳細な図面と襖絵の下絵が残されていて再現が可能になったという。本丸への入り口となる書院門から儀式や対面の場である「表」、将軍の私的な空間である「中奥」を経て、将軍の正室をはじめ家族が居住する「大奥」までの様々な部屋を順に見学する構成となっている。CGの他、関連する屏風絵や図面も豊富でイメージしやすい。城中の儀式や武家の装束、大奥の職制など解説も充実している(2005年刊)

こめつぶさん)

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