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新車に乗り換えました。
今回も長距離移動も、山城を駆け上がるパワーも、城下町をすり抜けるコンパクトさもある車を選んだつもりです。(なので後部座席にたまに乗る人には申し訳ない)
ただまだ新車なので無理な山道は控えつつ秋からの山城シーズンに備えて慣らしていきたいと思います。

ps:自分のカメラにはGPSがついていないので写真の撮影位置は手入力です。ですので誤差や記憶違いでの間違いがあるのでご勘弁を。

きゃみさんさんのタイムライン

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-21)

楽万の上砦跡(東側の谷に落ち込む土塁)
楽万の上砦跡(東側の谷に落ち込む土塁)

岩屋城の周囲には毛利方だった岩屋城を包囲するように宇喜多方の付城が巡っています。
楽万の上砦と妙福寺の上砦の間の谷底まで土塁の跡が残っていました。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-21)

楽万の上砦跡(東側の谷に向かう土塁)
楽万の上砦跡(東側の谷に向かう土塁)

岩屋城の周囲には毛利方だった岩屋城を包囲するように宇喜多方の付城が巡っています。
楽万の上砦は宇喜多側の付城の中で、遺構がよく残っている砦で、荒神の上砦より遺構がはっきりしていますが、整備はできていません。(一番良い登城口が結局わかりませんでした。)

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-21)

楽万の上砦跡(東側の曲輪虎口)
楽万の上砦跡(東側の曲輪虎口)

岩屋城の周囲には毛利方だった岩屋城を包囲するように宇喜多方の付城が巡っています。
楽万の上砦は宇喜多側の付城の中で、遺構がよく残っている砦で、荒神の上砦より遺構がはっきりしていますが、整備はできていません。(一番良い登城口が結局わかりませんでした。)

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-21)

楽万の上砦跡(東西の曲輪を結ぶ土塁)
楽万の上砦跡(東西の曲輪を結ぶ土塁)

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-21)

楽万の上砦跡(西側の曲輪の横堀)
楽万の上砦跡(西側の曲輪の横堀)

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-21)

楽万の上砦跡(西側の曲輪の横堀)
楽万の上砦跡(西側の曲輪の横堀)

曲輪を横堀で囲んでありました。

きゃみさんさん の読者投稿欄「【都道府県バッジ】あなたが思う、京都府を代表するお城を教えてください(3つまでOK)」への回答が公開されました(2019-11-16)

旧山城国の二条城、旧丹波国の福知山城、旧丹後国の田辺城でどうでしょう。
伏見城や亀山城は名が通っているんですけど入れないところが多いのがマイナスかな。
逆に名前が一般的ではないけどいい山城がそろっているのも京都ですよね。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

妙福寺の上砦
妙福寺の上砦

写真左側が妙福寺の上砦で宇喜多側の大将「花房職之」の陣城です。
写真右側に見切れている山が楽万の上砦でこのラインに包囲時当時は土塁なり柵なりで谷を遮断していたと推測されています。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

楽万の上砦跡
楽万の上砦跡

東側から。結構な傾斜です。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

楽万の上砦跡入口(東側)
楽万の上砦跡入口(東側)

写真撮影時(‎2018‎年‎11‎月‎25‎日)には東側の谷の入り口は土砂崩れで使えなくなっており道も薮化して攻城を断念しました。後日西側の谷筋から攻城しましたがそちら側には道標がありませんでした。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上砦 北側の曲輪の横掘
荒神の上砦 北側の曲輪の横掘

曲輪の上から撮影

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上砦 竪堀
荒神の上砦 竪堀

荒神の上砦、南側曲輪の虎口付近の竪堀で、この沿線上に土塁や柵などをつくり、妙福寺の上砦との間の谷を封鎖していたと推定されています。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上砦 南側の曲輪の虎口
荒神の上砦 南側の曲輪の虎口

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上砦跡 土塁に囲まれた平場
荒神の上砦跡 土塁に囲まれた平場

尾根の傾斜はありますが兵士が寝泊まりできそうなスペースでした。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上砦跡 土塁に囲まれた平場
荒神の上砦跡 土塁に囲まれた平場

尾根の傾斜はありますが兵士が寝泊まりできそうなスペースでした。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上砦 曲輪を囲う土塁
荒神の上砦 曲輪を囲う土塁

「土塁は崩れやすいのでみだりに上がり降りしないで下さい」との注意書きがあります。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上砦
荒神の上砦

土塁に囲まれた小さな曲輪もありました。そして各曲輪と曲輪の間は土塁で繋がっています。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上陣城 横堀
荒神の上陣城 横堀

写真右側の土塁上には小さな曲輪があり、その曲輪を土塁と横堀が囲っています。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上塁
荒神の上塁

現在はそれほど土塁も堀も高さはないですがこのような塁が岩屋城を囲む尾根上に延々と続いています。

きゃみさんさん が  岩屋城(岡山県津山市) の写真をアップしました(2019-11-10)

荒神の上砦跡(入口)
荒神の上砦跡(入口)

防獣ネット沿いのあぜ道を山の尾根に向かって歩いていきました。

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天地雷動 (角川文庫)

「長篠の合戦」を武田信玄の死から書き起こし克明に描く。勝頼は信玄の遺産である宿老たちを掌握できず苛立ち、家康は武田の圧力に対抗するため信長との同盟に神経をすり減らし、秀吉は信長の戦略を実現するために知恵を振り絞り奔走する。「鉄砲の三段撃ち」は武田軍が突撃してこなければ成り立たない。なぜ勝頼はそうしたのか、そこにいたる過程を様々な視点から描いていて見事だ。宮下帯刀ら戦の最前線に立つ地侍や足軽の戦いの様子も描かれている。また、長篠城、高天神城をはじめ数多くの城が登場し築城や攻城戦の様子が描かれている。

こめつぶさん)

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