織田信長が明智光秀に襲われた、いわゆる「本能寺の変」が起きたときの本能寺は、現在の寺町御池にはなくて、もっと市内に寄った位置にありました。
現在は石碑があるくらいですけど、ちょっと下見にいってきました。
というのも来年あたり、亀山城跡から本能寺まで光秀の行軍ルートを歩いてみようと思ってるんですよね。
市バスだと四条西洞院、地下鉄だと烏丸駅が最寄りです。
京都の地図は碁盤の目なのでわかりやすいと思いますが、蛸薬師通と西洞院通の交差点を目指してください。けっこう狭い街中に入ることになります。
本能寺は東側が西洞院通り、南側が蛸薬師通り、西側が油小路通り、そして北側が三条通りに囲まれた、東西150メートル、南北300メートルの寺域でした。
(北側については六角通りの説もあります)
特別養護老人ホームの敷地に沿って進みます。
油小路通りを南下すると、もうひとつの石碑があります。こっちのほうがちょっと豪華ですね。
そこから敷地内に入ってすぐのところの壁に立て札があります。
(ここは無断で入っても大丈夫だそうです)
じっさいの本能寺跡(寺域内)に石碑がないのが残念ですが、「本能公園」という公園がありました。
位置的にはこの公園が寺内の中心にあったようです。
このあと現在の本能寺まで歩いたのですが、それはまた明日に。
今回はけっこう歩きました。
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