3月7日、金沢城公園で橋爪門ニの門と玉泉院丸庭園の復元整備が完成し式典が行われたので参加してきました。
「河北門・橋爪門寄進事業」で寄付をしていたので案内が届いていたのです。
(寄付をすると、橋爪門二の門櫓の壁板として使用する「壁板」に記名ができました)

橋爪門は「金沢城三御門」と呼ばれる門のうち、いちばん格式が高いと言われている門で、その「二の門」が134年ぶりに復元されました。
(「石川門」「河北門」「橋爪門」が三御門です)
小雨のなか三の丸広場特設テントにて完成式が始まりました。多くの関係者が集まるなか県知事が挨拶され、来年度以降は「鼠多門、鼠多門橋の復元工事」について強い口調で進めると話をされていました。
橋爪門は高麗門形式の「一の門」と石垣と二重塀で囲われた「枡形」、櫓門形式の「二の門」という造りで、ここをくぐると二の丸御殿でしたので城内でも一番最も厳しい制限があり警備も厳重だったそうです。
式典で挨拶が終わると、橋爪門一の門が開門。全員で橋爪門ニの門前の枡形へ移動。加賀前田家18代当主も参加する中、テープカットが行われました。
続いて「開門!」の声と同時に、太鼓が打ち鳴らされ橋爪門二の門が開門されました。
多くの人が門を通過。門には番所後も復元されており興味深そうに皆が覗きこんでいました。
そのまま右手に二の丸広場を眺めつつ、次の会場である玉泉院丸庭園へ移動。
玉泉院丸庭園はかつては石川県立体育館が建てられていたのですが、発掘し絵図を元に回遊式庭園が復元されました。
ちなみに玉泉院は加賀前田二代藩主、前田利長の正室。織田信長の四女「永姫」のことです。前田利長が隠居先の越中高岡で没した後に金沢に戻り、ここに屋敷をかまえて剃髪し玉泉院と号しました。そのためこのあたりが玉泉院丸と称されるようになったそうです。
玉泉院丸庭園には「玉泉庵」という茶室が設けられています。ここは夜間ライトアップやお茶が飲めるようになるそうです。
玉泉院丸庭園の前で再びテープカットが行われ式典が終了しました。
玉泉院丸庭園は兼六園とはまた違った風情の庭園になっています。
ぐるっと1周するのに15分くらいあればゆっくり見れます。途中で石垣の説明板なども設置されていました。
その後、再び二の丸広場から五十間長屋内部へ。記名した壁板が使用された位置を確認に向かいました。
五十間長屋内部も整備が完了し、菱櫓へ登る階段も復元されています。
順路通りに進み橋爪門二の門櫓内部に記名した「壁板」「平瓦」がどのあたりにあるのかを確認する機器が設置されていました。
板の裏面に記名していますので、記名場所の特定はできませんがこの壁のどこかにあるのですね。
記念式典には関係者以外も多く参加していました。橋爪門二の門と玉泉院丸庭園は工事中は通ることができませんでしたが、今回完成したことにより城内散策のスポットが増えました。
また金沢城公園に入る際には、「石川門」から入る方が多いと思いますが、従来「いもり坂口」と言われていた場所が「玉泉院丸口」となって夜間はライトアップされるそうです。
金沢城を攻める際には、夜も楽しめるかもしれませんね。ぼくも機会を見つけて夜の庭園を観にいきたいと思います。
(文章・写真:こうすけさん)
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