津山城
津山城

[岡山県][美作] 岡山県津山市山下


  • 平均評価:★★★★☆ 3.89(15位)
  • 見学時間:1時間25分(25位)
  • 攻城人数:2505(68位)

森忠政の銅像

津山城入口付近に初代藩主・森忠政の銅像が設置されています。

森 忠政 一五七〇―一六三四
 幼名を千丸。元亀元年、美濃(岐阜県)金山城に生まれる。京都本能寺の変で、織田信長を守護し、悲運の最期を遂げた森蘭丸の弟。天正一二年(一五八四)兄長可(ながよし)の戦死後家督を継ぎ、豊臣秀吉に仕えて金山七万石を与えられる。のち徳川家康に仕え、慶長五年(一六〇〇)信濃(長野県)川中島一三万七〇〇〇石を領す。同八年美作国一円一八万六五〇〇石を与えられ津山に入封。翌九年より津山城の築城に着手、また城下の街づくりを始め、現在の津山の基をなした。寛永一一年(一六三四)三代将軍家光に随伴して津山より上京するが、食傷により急死す。享年六五歳。なお、この像は津山市小田中、森家の菩提寺本源寺にある木像を基としたものである。寄贈・津山鶴山ライオンズクラブ
   

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今日のレビュー

刀狩り: 武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 965)

築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。

まーちゃんさん)

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