川越城
47 川越城

[埼玉県][武蔵] 埼玉県川越市郭町2-13-1


  • 平均評価:★★★☆☆ 3.11(307位)
  • 見学時間:1時間(244位)
  • 攻城人数:1035(34位)

富士見櫓跡

富士見櫓は天守の代用として使用されていた三重櫓です。
名前の由来は、文字通り櫓から富士山を望めたことによります。正確な規模は不明ですが、江戸末期の1866年(慶応2年)に川越城を測量した際の記録によれば、長さ八間三尺(約15メートル)、横八間 (約14メートル)あったと記されています。

埼玉県立川越高等学校南側にあるの小高い丘が当時の三の丸跡で、ここに建てられていました。
現在、跡地には浅間神社と御嶽神社があります。

富士見櫓跡(ふじみやぐらあと)
所在地 川越市郭町二丁目

 御嶽(おんたけ)神社が祀られているこの高台は、かつては川越城の富士見櫓が建てられていたところである。
 櫓は矢倉とも書いて、合戦の際に物見として、あるいは防戦の足場として、城壁や城門の高い場所に設けられた建物を意味するが、天守閣のなかった川越城には東北の隅に二重の虎櫓、本丸の北に菱(ひし)櫓、西南の隅に三層の富士見櫓があって、城の中で一番高い所にあった富士見櫓が天守閣(てんしゅかく)の代わりとなっていたと思われる。
 今日では、木々や建物のため、すっかり眺望も失われてしまったが、その昔はこの高台に立てば、富士見櫓の名の通り遠く富士山までも望めたことであろう。
 元来、城の構造及び建造物は戦略上の都合もあって、その大部分が明らかにされることはなく、正確な規模は分からないが、江戸末期の慶応(けいおう)二年(一八六六)に川越城を測量した記録によれば、この富士見櫓は長さ八間三尺(約十五メートル)、横八間(約十四メートル)あったと記されている。 昭和五十七年三月  埼玉県
   
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