犬山城の天守は現存12天守のひとつで、姫路城、松本城、彦根城、松江城とともに国宝に指定されています。
犬山城は室町時代の1537年(天文6年)に織田信康によって木曽川のほとり左側にある約40メートルの断崖に造営された平山城です。
天守が建つ木曽川に近い部分が断崖となっており、そこから傾斜地に曲輪が段状につながっている連郭式縄張となっています。
天守がいつ創建されたのかははっきりとわかっていません。もともとあった櫓の上に、望楼を乗せたのではないかという説があります。
また徳川家康により尾張藩の附家老に任じられた成瀬正成(なるせ まさなり)が、1617年(元和3年)に犬山城を与えられた際に望楼部分を改築したといわれています。
犬山城天守の内部に入ることができます。
天守内部には地下2階構造の穴蔵(あなぐら)に通じている石垣にある入口から入ります。穴蔵を通り1階へ通じる急角度の階段をのぼります。
天守1階には城主の部屋だった「上段の間」。その奥に「武者隠し(むしゃかくし)の間」があります。奥は8畳ほどの隠し部屋になって、家臣が主君を守るために潜むための部屋だったそうです。
階段はどこも急角度ですので、気をつけてのぼる必要があります。
天守3階は天井が低くなっています。ちょうど望楼の下フロアで「破風の間」という名称になっています。唐破風を中から見ると、天井も唐破風の形になっていることがわかります。
こちらは千鳥破風(三角)を中からみたところです。
望楼最上階には歴代城主の肖像画が飾られています。
最上階では廻縁(まわりえん)をぐるっと一周歩いて、東西南北の木曽川や濃尾平野を一望することができます。