かつては大和大納言・羽柴秀長の居城、江戸時代には郡山藩の藩庁が置かれた郡山城にも攻城団のチラシを置いていただきました。
柳澤吉里が藩主の時代には「梅林門」とも呼ばれた追手門(復元)の写真を使わせていただきました。
本丸跡にある柳沢文庫に置いていただいています。
公益財団法人郡山城史跡・柳沢文庫保存会からコメントをいただけたのでご紹介します。
コラボチラシコレクションを公開しました。お持ちのコラボチラシをチェックしてみてください。
九鬼嘉隆が生まれた城として有名な波切城にも攻城団のチラシを置いていただきました。志摩市観光案内所のほか地元のお店でも入手可能です。
つづきを読む毎月恒例の月次レポートを公開します。3月はぼちぼちといった感じです。まもなく13年目を迎える攻城団ですが、便利で居心地の良い場所でありつづけられるようがんばりますので、今月も楽しんでいってください!
つづきを読む攻城記録を残す際、そのお城を「行きたい」に登録している場合は同時に解除できるようにしました。
つづきを読む今川氏と武田氏が争った「花沢城の戦い」の舞台である、花沢城にも攻城団のチラシを置いていただきました。焼津市歴史民俗資料館で入手可能です。
つづきを読む毎月恒例の月次レポートを公開します。2月は大河ドラマの影響か、検索エンジンによる影響か、アクセス数と新規入団者が増えました。花粉症に悩まされている方も、『豊臣兄弟!』を毎週楽しみに視聴されてる方も、引き続き攻城団で楽しんでいってください!
つづきを読むあなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。
攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する
江戸時代に入ると、水野、松平、本多、柳澤といった譜代大名が歴代城主を務め、享保9年(1724)柳澤吉保の子、柳澤吉里が甲府城から入封後は柳澤氏6代が明治維新まで居城としました。廃城後に城郭建築は失われてしまいましたが、城跡には織豊時代の石垣や堀などがよく残っていて、今ではとても貴重な歴史遺産となっています。
また奈良は石材が乏しかったため、元々は寺院等にあった五輪塔や墓石、地蔵等が石垣として使われている数多くの転用石を間近に見ることができます。それらの価値が評価され、郡山城跡は令和4年(2022)11月に国史跡として指定されました。
現在は、大手門、大手東隅櫓、大手向櫓が復元され、天守台も大和平野を一望できる眺望施設として整備されました。平成2年(1990)には「日本さくら名所100選」(公益財団法人日本さくらの会選定)の一つに、平成29年(2017)には「続日本100名城」(財団法人日本城郭協会選定)の一つに選ばれました。
多くのお城好き、歴史好きの皆様に、堀や町割が現在も残る大和郡山市にお越しいただき、織豊期から近世まで畿内統治の要として整備された郡山城跡を散策いただけたら幸いです。城跡内には、ドッグランサークルを備えた番屋カフェもオープンしています。