攻城団の各種お知らせ用のブログです。毎月のレポートや新機能のご紹介など、スタッフからのサイトに関するご連絡はここに書いていきます。
名門・大内氏ゆかりのふたつのお城、大内氏館と高嶺城にも攻城団のチラシを置いていただきました。
大内氏館は約200年にわたる大内氏歴代の居城で、高嶺城は最後の当主・大内義長が毛利元就の侵攻に備えて築いた城です。
いずれも山口市歴史民俗資料館、大路ロビーの2か所で入手できます。
山口市文化財保護課の河﨑さんからコメントをいただけたのでご紹介します。
コラボチラシコレクションを公開しました。お持ちのコラボチラシをチェックしてみてください。
毎月恒例の月次レポートを公開します。あと1か月というのが信じられないくらいスピーディな一年でした。11月はサイトのアクセスは低調でしたが、ぼくも含めて団員の活動はかなり活発でした。そろそろ今年の城納めをどこにするか考えないといけませんね。
つづきを読む3匹の鯱がのっている特徴的な御三階櫓があることで有名な新発田城にも攻城団のチラシを置いていただきました。安兵衛茶屋と新発田市観光情報センターで入手できます。
つづきを読む11月11日(土)、攻城団ツアーズ・城たび〈玄蕃尾城〉を開催したのでレポートを書きました。じっさいにどんな準備をして、どんな感じのツアーになったのかを今回参加できなかった方にも紹介します。
つづきを読む姫路城や二条城など、お城ページをスマホで見た際のデザインを少しだけ修正しました。
つづきを読む宇和島城のコラボチラシが新しくなりました。宇和島城の天守内、日本100名城スタンプのとなりに置いていただいています。
つづきを読むあなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。
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大内氏館跡は、大内氏の歴代当主の日常生活の場であり、領地経営の政務の本拠地でもあった場所です。これまでの発掘調査の成果から塀や堀がめぐらされた屋敷地であったこと、少なくとも4つの庭園がつくられていたことなどが分かっています。調査成果をもとに、西門や枯山水庭園、池泉庭園などの遺構の復元整備を行っています。また、大内氏館跡の北側には、大内教弘の居館とされる築山跡もあります。築山跡には、屋敷地を区切る壮大な築地跡(土塁)や、大内氏が山口に勧請した八坂神社、令和4年10月に開園した築山跡史跡公園もあります。大内氏館跡を中心に、大内氏の歴史文化遺産が多く残る山口市大殿地域を散策されませんか。
高嶺城
高嶺城跡は、大内氏館跡の北西にある鴻ノ峰の山頂にある山城です。大内氏最後の当主、義長によって築城が開始され、毛利氏の侵攻によって義長が敗走したあとは毛利氏の支城となりました。元和元年(1615)の一国一条令により破却されました。(このほかにも、寛永15年(1638)・慶安元年(1648)にも破却の記録が見られます)
山頂付近の主郭には石垣が残っていますが、その多くは天端角石の石積が崩落しています。これは、城割の痕跡と考えられており、廃城時の様子を留めています。
また、山口市歴史民俗資料館には、高嶺城跡の赤色立体地図をもとに作成した立体模型や、高嶺城跡で採取された瓦を展示しています。高嶺城跡にお越しの際は、ぜひ、山口市歴史民俗資料館にもお越しください。