東京在住サラリーマン。身分は足軽級。
お城めぐり歴はたぶん15年くらい^^;少ない連続休暇を利用し、時々遠征します。昼は城、夜は酒とうまいもの。泊はビジネスホテルかカプセルホテル(但、家の風呂は狭いので大浴場付きを好む)。時折、酔った勢いで夜間のお城撮影を敢行します。しかし、撮影したものはことごとくブレているw
若いころは一日でいかに多くの城をまわれるかというタイムトライアル的なこともよくやっていましたが、最近ではだいぶ落ち着いてきました。
旅先で出会った郷土料理・名物をひたすら紹介するブログ「名物を食べよう!」を執筆中(2022/1/3 記)。
◆「名物を食べよう!」;https://ameblo.jp/meibutu-hunter/
右上(右下)の「管理」メニューから「攻城済み一覧」を選んでください。
詳細は以下でご説明しております。
先人のメモや紹介分に従って円福寺を訪問。銚子市の観光名所にもなっており、地元ではかなり有名なお寺のようです。ただし、城に関する遺構は残っていません。 |
区画整備が行われていますのでかつて存在していたらしい堀跡なども今は見ることができません。かつての記憶は住所表記に残るぐらいでしょうか。石碑、説明板が陣屋町公園にあることはうれしいですね。 |
三叉路の説明板、農地にある石碑ともに発見。城域は大部分が農地に改変されていますけど、なぜか曲輪のようにも見えます。三叉路の説明板は堀、土塁など詳しく記されていますが、実際その場所に行っても藪化していたりかなり不明瞭です。 |
良好に残る土塁、堀が嬉しいです。曲輪らしきものもよく残っており、城域はかなり広大のようですが、現状はそこで椎茸栽培のための木を置いていたりしますのであまりうろうろせず主郭付近のみ堪能させていただきました。 |
須賀山城と隣接。主郭は牛舎が建つ農場でしょうか。一番の見どころは大手門の土橋と堀跡です。小さいですが写真付きの説明板が設置されており、遺構の残存度も明確です。 |
学校西側の門付近の「小見川中央小学校の歴史」なる説明板に小見川陣屋の簡単な記載アリ。校庭に石碑らしきものも確認できましたが、あいにくこの日は土曜日で職員の方も近くにおられませんでしたので学校を一周して攻城とさせていただきました。 |
小見川城址公園として整備されています。小見山城の主郭は慰霊塔の左手奥にあります。5mほどの空堀に架かる土橋の先が主郭でそこそこ大きな石が3つ4つほどありましたが、これは小見川城にまつわる石なんでしょうかねぇ?? |
城跡は大原幽学遺跡内にあります。実際の城跡は建物の裏(北西部)で、曲輪状になっています。その曲輪の更に北西部は空堀になっていることが良くわかります。標柱も建物の西側に設置されていますので、お見逃しなきように。 |
資料館完備でしっかり整備されたお城です。西を流れる鬼怒川を天然の堀とし、それ以外の方角は大規模な土塁、堀によって厳重に守られていました。土塁登り体験などもでき、堀底から土塁の最高点までは10mはありそうな勢いです。城域はかなり広いので、時間にはゆとりを持って攻城しましょう。 |
コンパクトではありますが、非常に深い堀と土塁により守られており堅固な印象を受けました。堀底から土塁の最高点までは飛山城以上かもしれません。飛山城と同じく、鬼怒川を天然と堀としているようで、見晴らしもよく気分爽快にさせてくれます。 |
荒々しさは残るもののしっかりとした土塁、堀が確認できます。地元保存会の方が整備されているようですが、下手に整備されているより、廃城感を感じることができ、個人的には満足です(初心者向けとは言えないとは言えないかもしれませんが^^;)。 |
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城址碑のみの確認です。周辺には立派な長屋門がいくつか残存しています。城としての雰囲気は残念ながらありませんでした。 |
非常に高い土塁上に櫓が復元されており、往時の姿を想像することができます。復元されたのは城域のほんの一部とのことですが、訪問時には本丸広場内でキャッチボールをしたり、フリスビーをしている人たちがいて市民の憩いの場になっているようです。 |
小田急線鶴川駅から徒歩約25分。個人所有の山林とのことで見学できる範囲は限定的ですが、城らしい雰囲気は良く残っています。三輪といえば奈良県の三輪そうめんが有名ですが、近隣の熊野神社の由緒によるとやはり奈良県の三輪との関連が伝承として残っている旨が記されていました。 |
JR・小田急町田駅より徒歩30分ほど。現地は菅原神社です。神社から町田駅方面にかけては高台になっており地形としては城を築くにはいいかなと思いました。古戦場とのことで北側の恩田川なども天然の防衛ラインとして機能していたのかもしれません。 |
現地は厚木神社になっています。標柱が神社拝殿の左奥50m付近に建てられていました。遺構は残念ながら残っていません。 |
円光寺と神明神社を訪問。円光寺の門には愛甲三郎季隆に関する記述があり、神明神社には愛甲三郎館跡の碑があります。どちらも遺構はありません。地形は城、館を築くには適していると思いますので妄想を楽しむのみ。 |
水神様にある石田城想像図によると本丸は地図のマーク地点よりもう少し南側かもしれません(現在、マンションが建っているあたりかと。。。)。残念ながら遺構は発見できませんでした。それでも現地の案内板を参考に城跡を妄想しながら歩くことは楽しいものですw |
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