不識庵

不識庵()さん 大老   フォロー

下野、下総、常陸方面を侵攻中!

不識庵さんの攻城記録一覧(履歴)

地図・制覇率・分析はページを移動しました

右上(右下)の「管理」メニューから「攻城済み一覧」を選んでください。

詳細は以下でご説明しております。

この画面は暫定的に表示しておりますが、後日消します

 勝沼城(東京都青梅市) を攻城(2021/11/28)

光明寺の背後の山が城跡で空堀や土塁などが遺っています。城域への行き方は、光明寺の墓地を抜けて入る方法、配水所付近の入口から入る方法以外に、配水所の手前(勝沼城みどりの会の看板が立っているところ)の墓地のすぐ北を山側に入ると竪堀があり、その竪堀を登って本丸と二の丸の間の空堀に出る方法があります。

 藤橋城(東京都青梅市) を攻城(2021/11/28)

主郭は城址公園として整備されています。主郭の土塁、主郭西側の腰曲輪などが遺っています。

 今井城(西多摩郡)(東京都青梅市) を攻城(2021/11/28)

各郭間を隔てる堀と主郭の土塁が良く残っています。南側からの入口もありますが、西側の入口に縄張図付きの案内板がありますので、西側からの攻城をお勧めします。

 別府城(埼玉県熊谷市) を攻城(2021/11/20)

単郭方形の小規模な城館ですが、土塁と堀が周囲に巡らされています。

 桑折城(宮城県大崎市) を攻城(2021/11/14)

県道152号沿いの駐車場から公民館南の西側の登城口から攻城しましたが、案内板がある東側の登城口から攻城した方が良いかもしれません。主郭から東は木が伐採されていて眺望も良く、郭の形もよく分かりました。

 岩出山城(宮城県大崎市) を攻城(2021/11/14)

本丸まで車で上がれます。公園化されていて遺構が分りにくいですが、南の伊達正宗像へ行く手前にある内門跡の土塁と堀切、北の八幡平付近の土塁、空堀などが見所になると思います。

 佐沼城(宮城県登米市) を攻城(2021/11/14)

登米市歴史博物館を目指して行くと辿り着きます。道を挟んで東側にある駐車場が二の丸跡で、その北にある鹿ヶ城公園が本丸跡になります。また周辺に旧亘理邸、伊達氏統治時代の当地領主であった津田(湯目)氏、亘理氏の廟所が残る西館跡があります。

 寺池城(宮城県登米市) を攻城(2021/11/14)

とよま観光物産センター「遠山之里」の東に城址碑や冠木門がある城址公園、城址公園の東側の道を北に登ったところにある裁判所が二の丸、裁判所の裏手が本丸になります。

 石巻城(宮城県石巻市) を攻城(2021/11/14)

日和山公園や鹿島御児神社が城域と思われます。治水工事等で石巻の発展に貢献した川村重吉の銅像が東側に建っています。

 中ノ内城(宮城県川崎町) を攻城(2021/11/13)

搦手口方面の案内板脇に駐車スペース(位置情報)があります。そこから西へ100mぐらい進むと右手に見える東屋が登城口になります。今回は日没で城域の東側が見れませんでしたが、二の丸西側の二重堀(北側は三重堀?)は圧倒的でした。

 石母田城(福島県国見町) を攻城(2021/11/13)

本郭の土塁が良く残っています。内部が果樹園になっており、南側には民家があるので、あまり深入りできませんでした。

 藤田城(福島県国見町) を攻城(2021/11/13)

台地上に築かれていたと思われますが、東側半分は宅地化されて遺構は失われており、西側が公園化されていて土塁が僅かに残っています。案内板は北西、北東、公園東側入口と3箇所ありましたが、内容も形状も全て同じものでした。

 桑折西山城(福島県桑折町) を攻城(2021/11/13)

観音寺側の駐車場に停めて大手側から攻城しました。東側に本丸、二の丸、砲台場などがありますが、見所は枡形や石垣が残る西側の中館、西館になります。

 桑折陣屋(福島県桑折町) を攻城(2021/11/13)

陣屋の推定地は旧伊達郡役所の東側、陣屋の森公園の北側で現在は住宅地となっており遺構は残っておりません。

 西方城(栃木県栃木市) を攻城(2021/11/06)

非常に技巧的で見所が多い山城です。西の丸など一部消滅していますが、それでも城域は広く、今回二度目の訪問でしたが、一通り見て戻ってくると2時間ぐらいかかります。

 二条城(栃木県栃木市) を攻城(2021/11/06)

現地説明会に参加してきました。非常に綺麗に草刈りされていて見学し易かったです。発掘調査した3つの郭全てで新旧の痕跡が見つかったことから、藤田信吉の築城以前から城館として使用されていた可能性が高いとのことでした。

 羽生田城(栃木県壬生町) を攻城(2021/11/06)

羽生田小学校の北側の校門脇に学校の敷地の西側に沿った小道があります。その小道を進んで行くと「羽生田城 三の丸土塁・堀址」の標柱があり、そこから藪をかき分けて進んでいくと土塁と深さ10mぐらいの立派な堀があります。また、三の丸の堀の西側に民家があり、その民家の西側にも堀跡があります。

 真田本城(長野県上田市) を攻城(2021/10/31)

北側に張り出した舌状台地上に北側から三の郭、二の郭、本郭の順で南北に細長い三段の郭が並んでいます。本郭の南側はなだらかな傾斜地が広がっているだけで、明確な工夫が見られないので、後世で改変されているのかもしれません。

 和徳城(青森県弘前市) を攻城(2021/10/23)

弘前駅から和徳城まで徒歩20分、和徳城から弘前城(北門)までも徒歩20分の距離でした。遺構はあまり残っていませんが、和徳稲荷神社の社殿背後に土塁のような土盛りがあります。

 払田柵(秋田県大仙市) を攻城(2021/10/22)

801年頃建てられたと考えられている古代城柵です。外柵を構成する材木塀は総延長が3.6kmもあったくらい広いのですが、良く整備されていて気持ち良く見てまわれます。

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

今日のレビュー

平安京の四〇〇年:王朝社会の光と陰

10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。

まーちゃんさん)

書籍ページを表示する

すべてのレビューを表示する

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る