茨木神社は茨木城付近にある神社です。かつては天石門別神社という名前でした。
戦国時代、織田信長が統治手段としてキリスト教を保護し、その一方で社寺の破壊を行っていた際、「天照大御神、春日大神(天児屋根命)、八幡大神(誉田別命)に加え、信長自身の産土神である牛頭天王(素戔嗚尊)の諸社は焼くべからず」としたので、牛頭天皇を祀ると詐称して焼却を免れたと伝えられています。
また中川清秀は茨木神社を厚く保護しており、神社への狼藉を厳しく禁止する禁制の高礼を掲げるとともに、1580年(天正8年)には神領13石を寄進しています。
この東門は、茨木城の搦手門といわれており、1617年(元和3年)の茨木城廃城の際に移築されたと伝わっています。
茨木城搦手門
茨木城は、建武年間(1334〜1336)に楠正成が築いたと伝えられ、城主はしばしば変わったがとくに有名な人物は、中川清秀と片桐且元である。
城郭の位置は、現在の茨木小学校付近に本丸があり城郭の跡は残っていないが、わずかに茨木神社東門が茨木城の「搦手門」を移築したものとされている。
その他、大手門・殿町・本丸などの地名や町並みに残るT字路がかつて城下町であったことをあらわしている。
外側から見た門です。ちなみに移築の際に内側と外側が逆になっているようです(境内側が城外側)。
茨木神社の観光情報
住所 | 大阪府茨木市元町4-3 |
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URL | http://www.ibarakijinja.or.jp/ |