龍岡城跡から北西に5分ほどの距離の場所に、桝形が残っています。
この場所は龍岡城の北の入口にあたり、当時の石垣がいまも良好な状態で保存されています。
城内側です。
史跡龍岡城址
本城は旧龍岡藩主松平乗謨がその居城として築いたもので、元治元年(一八六四)三月着工、慶應三年(一八六七)四月竣工した。
明治四年(一八七一)龍岡藩の廃藩にともない廃城となり、建物も一部除いて撤去されたが、石垣や堀は、築城当時の状態をとどめている。
西洋式城郭の様式をとり入れた五つの角をもつ星形の城郭は、函館の五稜郭と同様であって、城郭史上特異な位置を占めているばかりでなく、幕末における海外文化の移入のあとを示すものとして歴史上価値のある遺跡である。
昭和九年(一九三四年)五月、国の史跡に指定された。
またこの場所は、龍岡城の北の入り口にあたり、敵の侵入を防御し、攻撃的機能も兼ね備えた鉤の手状の枡形として良好な状態で保存されており、貴重な遺構である。 平成十七年四月
佐久市教育委員会