琉球の築城名人・護佐丸による見事な石垣で知られ、幕末にはペリーも立ち寄っている中城グスクにも攻城団のチラシを置いていただきました。
今回は沖縄の青空に映えるアーチ門の写真を使わせていただきました。
今回は3か所に置いていただきました。まずはグスクの受付前です。
ほとんどの場合はここで入手するのがベストです。
続いて中城村観光協会の事務所です。
もう一か所、中城村護佐丸歴史資料図書館にも置いていただきました。
入口正面、展示室前のチラシ置き場にあります。
もし受付になかったり、帰る途中で思い出した場合は観光協会や図書館で入手していってください。
中城村観光協会の久米さんからコメントをいただけたのでご紹介します。
コラボチラシコレクションを公開しました。お持ちのコラボチラシをチェックしてみてください。
toproadさんが城がたり「よくわかる小牧山城」を企画してくれました。愛知県小牧市と調整してくださり、学芸員の方にZoomで話していただけることになりました。小牧山城の歴史、発掘調査の成果など、いろんな話が聞けると思いますのでぜひご参加ください。
つづきを読む昨年に続いて第6回目となる団員総会を開催したのでレポートを書きました。今年は去年と同じ会場でしたが、内容はかなりアップデートしています。とくに「お城ビンゴ」は盛り上がったので、今後の定番ゲームにしていきたいですね。来年はさらに多くの団員と集まりたいです。
つづきを読む美濃守護・土岐氏の庶流である久々利氏の居城、久々利城にも攻城団のチラシを置いていただきました。可児郷土歴史館と久々利地区センター、さらに可児市観光交流館で入手可能です。
つづきを読む小栗信濃守によって築かれた本陣山城(御嵩城)にも攻城団のチラシを置いていただきました。「東美濃の山城を制覇せよ!」キャンペーンの缶バッジ受取場所でもある、御嶽宿わいわい館で入手できます。
つづきを読む土岐明智氏の居城であり、戦国時代にはその一族である妻木氏の居城になった妻木城にも攻城団のチラシを置いていただきました。もとてらす東美濃で入手できます。
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城は6つの郭からなり、城壁は琉球石灰岩で積まれ、自然の岩石と地形的条件を巧みに生かしながら美しい曲線で構成されています。
また、グスクからの眺望は風光明媚で、東側に中城湾や太平洋、西側に宜野湾市や東シナ海、北側に勝連半島や読谷方面、南側に与那原や知念半島を見渡すことができる景勝地となっています。
※グスクとは、主に12~16世紀に農村集落を基盤として群雄割拠した「按司(あじ)」と呼ばれる領主的豪族層が、自らの居住と防衛の拠点として築いた城のことです。
琉球にはおよそ300余りのグスクがあったといわれていますが、中城城跡は去る大戦の戦禍による被害は小さく、県内のグスクの中でも最も原型を留めているため(およそ8割)、歴史や琉球における築城技術を知る上で極めて高い価値を有しています。
グスクの石積みには大きく分けて、野面積み、切石積み(布積み、相方積み)があり、中城城跡では、この3種類の石積みを一度に見る事ができます。
中城グスクの築城年代は不明ですが、14世紀後半に先中城按司が数世代に渡って築き、1440年頃に座喜味城主「読谷山按司:護佐丸」が王府の命令により移ってきて、1458年に自刃するまでの間に、北の郭、三の郭を当時の最高の築城技術で増築したと伝えられています。
1972年(昭和47年)5月15日、沖縄の日本復帰に伴い、国指定史跡となり、2000年(平成12年)12月2日には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されました。さらに2006年(平成18年)4月6日には日本城郭協会より「日本100名城」にも選ばれました。
ここまで長々とお読みくださりありがとうございます。
最後になりますが『百聞は一見に如かず』です。
ぜひ一度、壮美な中城城跡にお越しくださいませ。