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詳細は以下でご説明しております。
小ぶりながら形の整った、しかも上に上がれる天守台は魅力的です。 |
城跡の要素をふんだんに残しながら、公園としての要素を見事に調和させたていると感じます。展望台から見る天竜川、天然の要害としての機能を十分感じさせてくれます。 |
五体力神社から山中の石碑経由で東曲輪まで到達しました。確かに道があるとはいえ進むには苦労します。 |
バス停の前に案内板、高速下をくぐっった工場の前に木碑が存在します。 |
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匂坂氏の居館があったとされる場所、現在はキャベツ畑他、農地の脇に石碑が建てられています。 |
本来の城址位置では山があるとしか確認できません。そこから案内板はどこにとなると少々わかりづらいです。新豊院を目指し、そこでは川方向鉄塔が数本見え水色ではなく唯一の赤白の鉄塔に向かうとそこにありました。 |
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麓から城跡への案内表示があります。城内も含め基本ピンク色(一部オレンジ)を下地とした標柱、案内板です。崇信寺からの道のりで梅の木(白梅でしたが)が結構植えられていることから地元の方の特色を出すための工夫、つまり熱意が感じられました。 |
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石段の手前に駐車スペースがあります。石段を上りきった天御中主命神社からの標柱、案内板のある眺望もなかなか良いものでした。 |
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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