新車に乗り換えました。
今回も長距離移動も、山城を駆け上がるパワーも、城下町をすり抜けるコンパクトさもある車を選んだつもりです。(なので後部座席にたまに乗る人には申し訳ない)
ただまだ新車なので無理な山道は控えつつ秋からの山城シーズンに備えて慣らしていきたいと思います。
ps:自分のカメラにはGPSがついていないので写真の撮影位置は手入力です。ですので誤差や記憶違いでの間違いがあるのでご勘弁を。
三の丸から農道を使って本丸まで車で行きましたが後悔しました。道は狭く草も張り出していて小型車でもきつかったです。 |
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登城口・無量寺墓地前の広い路肩に停め攻城。少し草が伸びていました。大手口から登り、北側の堀切から無量寺に下りました。 |
愛夢里側から攻城。木製の園路(階段・橋)で山頂まで登れます。主郭は発掘調査の結果にそった整備がされています。帰りは崇円寺側から下りました。 |
車で本丸直下まで登れます。大変眺望が良く富岡城も良く見えます。 |
現在コロナ対応でビジターセンターや歴史資料館は天草地域の人に限定されています。ただ城内の散策はOKでした。 |
山頂の天草キリシタン館の裏と出丸跡になる殉教千人塚のところに碑があります。 |
本丸跡以外は整備されていませんでした。 |
手軽に立派な遺構を散策できる良い城でした。石垣群に三重の横堀など見所が多いです。また現在もきちんとした整備が続いているようでした。 |
案内板や模擬櫓、駐車場・トイレなどは整備されていますが、本丸は基本は観音様の礼拝所です。本丸の下に階段状の曲輪が続いているそうですが降り口を見つけられず撤退しました。駐車場は城址入口と本丸手前の2カ所ありました。 |
案内板にあるように埋立用の採土場となったために本丸(山頂)が掘り下げられ、その後、公園として整地されたので遺構は消滅していますが笠岡湾を一望できます。 |
城址は「鞆の浦歴史民俗資料館」なので駐車場からもすぐです。石垣などが復元されています。 |
圓福寺というお寺です。鞆城から徒歩圏内です。岬側は城郭ぽい雰囲気がありますが私有地のようです。 |
城址案内などはありませんが本丸跡に祠があるため登城道や曲輪は整備がされていました。高い切岸に連続堀切、そして畝状竪堀が明瞭に残っています。 |
オムロンの攻城横の登城口から本丸直のルートで攻城。帰りは北側へ曲輪伝いに下り、墓地を通り戻りました。模擬天守は壁が壊れるなど損壊が激しかったです。 |
市役所から攻城しましたが西に大回りするルートで回りました。規模が大きい城ですがルート外は整備されていないので行けるところは限られています。模擬天守(正面展望台)は山頂ではなく西側中腹、長谷寺寄りにあります。また本丸の城址碑が立っている天守台?には石積が残っています。 |
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通りかかったところ天守台が工事に入っていました。 |
曲輪自体はちゃんと削平されていないのですがそのまわりの防御施設がすごいです。土塁や横堀、畝状竪堀で城域を複雑に守っています。また山頂付近まで舗装道路があり、車窓から畝状竪堀とそこに設置されている守備兵人形を見ることができます。 |
横田公園に案内板と駐車場があり登城口もあるのですが、最初はひたすら登山口のある槌ヶ原の方へ南進してから本格的に登山になります。 |
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黒まめさんのレビューを見て、読んでみることにしました。
この本では、行きにくい城には遺構が多く残っているということで、敢えて行きにくい城が初級編、中級編、上級編、そして変態編の4グループに分けて掲載されています。初耳の城も有りましたが、日本100名城、続日本100名城に指定されている城も多く紹介されていますので、名城巡りをされている方も参考になると思います。
この本に掲載されている城で行ったことがあるのは初級編の杉山城のみで、今思えばこのお城ですら駅からの往復で1時間半程度をかけてやっと攻城しているので、「行きにくい城」を体感しているので納得です。
掲載されているお城は何れも公共交通機関ではなかなか行きにくい様ですが、車で行く場合に重要な駐車場情報が掲載されているし、トイレの有無、携帯電話の通信状態なども掲載されていますので攻城時非常に役立つと思います。
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