攻城団からのお知らせ

城たび〈あなた毛利元就派? 陶晴賢派? ガイドと巡る厳島の戦いツアー〉を開催しました

3月24日(日)、広島県の厳島(宮島)で攻城団ツアーズ・城たび〈あなた毛利元就派? 陶晴賢派? ガイドと巡る厳島の戦いツアー〉を開催しました。
今回はtoproadさんが幹事をつとめてくれました。ありがとうございます。

今回の城たびは団員幹事での2回目ということもあり、前回好評だったZoomを使っての事前ミーティングなどは踏襲しつつ、さらに新しいチャレンジもおこないました。
具体的には

  • 地元じゃない団員が自分が行きたいお城のツアーを企画する
  • 「城がたり」で予習の機会を設ける

というものです。
toproadさんが以前から行きたかった厳島に、どうせ行くならガイドも依頼したいし、であれば他の団員にも呼びかけて「城たび」にできないかというのが発端でした。
ありがたいことに地元広島県の団員のほか、関東の団員も参加してくれて、総勢9人が参加することになりました。

玄蕃尾城のときもそもそもはぼくと狸親父さんで駅からのタクシー代を割り勘しましょうという話からはじまったのですが、現地でのガイド料を割り勘にしたり、最低人数が決まっているチャーター便を予約するといった場合に、今回のような手段=幹事をして団員の参加者を募るというやり方がみんなの選択肢に入ればいいですね。

開催前のあれこれ

今回は(厳島神社という名所があるとはいえ)城としては正直マイナーな部類に入る宮尾城がメインの目的地ということもあり、少しでも興味を持ってもらい、また現地を楽しめるように「城がたり」再始動のテストも兼ねて、ぼくが「厳島の戦い」について学んだことを話す機会を作りました。

この城がたりをきっかけに参加者が増えることはなかったのですが(残念!)、参加予定者にとっての良い予習にはなったようです。
ぼくは以前から城めぐりは予習と復習もセットで楽しみたいと主張しているので、訪問前に現地の歴史を学ぶきっかけになったことはうれしいです。

ちなみに「桶狭間の戦い」同様、この「厳島の戦い」もいまだに江戸時代に創作されたストーリーで語られることが多いのですが、広島大学の秋山伸隆先生らの研究により、流言飛語による陶家臣の殺害やウソの寝返りなどの謀(はかりごと)はなかったし、両軍にそれほど兵力差はなかったことがわかってきています。
(詳細は上記の動画でご確認ください)

たくさんのお城に出かけるようになると「やっぱり距離感や高低差は現地に来ないとわからないな」と感じることが多いと思います。
今回ぼくが予習の段階で伝えたかったのもその点で陶軍の本陣と攻撃目標の宮尾城は500mほどしか離れていないのに、ここに通説の2万の軍勢が展開したというのは考えにくいし、そもそもそれだけの大軍なら一日で落城させられただろうということです。
本州との距離(フェリーで10分ですし、対岸がはっきり視認できる)なども自分の目で見て確認するとだいぶ印象が変わりますよね。

また今回、幹事のtoproadさんは宮島観光協会にガイドを依頼してくれたのですが、やはり厳島神社や平清盛について話すことがほとんどで、厳島の戦いをテーマに案内することはまずないそうでした。
なのでガイドの中でも戦国時代に詳しい方に対応いただけるよう調整してもらいました。
(こうした交渉は攻城団が関わるイベントでは毎回行っていますが、みなさん丁寧に対応してくださいます)

当日の様子

ここからは写真中心のレポートになります。

当日は小雨が降ったりやんだりといった天気でしたが、9時半にフェリー乗り場に集合しました。
ぼくは朝7時前の新幹線に乗り、在来線とフェリーを乗り継いで厳島に渡りました。在来線が遅れてフェリー乗り場までダッシュしたものの自宅から約3時間で行けちゃうことにびっくりしますね。

ぼくがギリギリの到着だったので、すでに全員が揃っていました。
2階に上がって、ガイドの大槻さんから簡単なレクチャーを受けます。

大槻さんは先ほどふれた秋山先生のセミナーなども参加されていて、しっかりと最近の学説も勉強されてました。
ぼくはこの時点で「今日のガイドは当たりだ」と思いましたが、その後の案内も含めてその直感は正解でした。

前回の姫路城で幹事の山鳩さんが「旅のしおり」を作成されていたのを受けて、toproadさんもお手製のしおりを用意してくれていました。
みなさんにシェアしたいと言ってもらったので共有しますね。これから訪問される方は事前にダウンロードしたり印刷されることをオススメします。

10分ほどのレクチャーを終えて、いざ宮尾城へ。

といっても宮尾城はフェリー乗り場の目の前です。

生活道路として使われている細い道を歩いて宮尾城を登ります。

ぼくが以前訪問したときもここを通ったような気がします。

宮尾城はいまでこそただの小高い丘に見えますが、かつては三方が海に面しており、残る一方の尾根沿いには堀切を設けて防御していた海城です。

周囲を歩きながら合戦当時の海岸線などについて教えていただきました。

冒頭の記念写真はここで撮りました。
宮尾城と書いた城址碑があればいいのですが、ここにはないので「要害山」の案内板を入れつつ、(雨が降っていたので)屋根のある場所での記念撮影です。
前回はピンボケしていたこともあり、今回はすべてスマホで撮影しています。

この橋の向こうに陶軍がいて、堀切(空堀)を埋めようとしていたそうです。
いよいよ埋められて落城寸前というところで毛利元就は援軍を送り込み、さらに自身も渡海を決めています。

宮尾城を降りて、ここからは包囲する陶軍の目線で周囲を歩きます。

「山辺の古径」と呼ばれるこのあたりは個人ではまず行かないエリアだったのでガイドをお願いして良かったなと思いました。

宮尾城を包囲した陶軍は(通説の2万ではなく)数千人とされますが、あちこちに陣があったらしく、そのどこからも城がよく見えます。
これは毛利軍にも言えることなので、相当緊迫していたのでしょうね。

陶晴賢が本陣を置いたとされる塔の岡(五重塔があるところ)もよく見えます。

厳島はあちこちに野生の鹿がいますね。

塔の岡へ向かいます。

この時間帯がいちばん雨が強かったかな。
千畳閣は秀吉が安国寺恵瓊に命じて建てさせた伽藍(お堂)ですが、秀吉の死により工事が中断したまま現在に至っています。

金箔瓦を使用した秀吉好みの建物で、完成していればすごかったのでしょうね(いまの金箔瓦は修復されたものです)。

地下の礎石も立派でした。

千畳閣の下に厳島神社があるのですが、この日は宮島清盛まつりが開催されることもあり、すごく行列ができていました。

当初は厳島神社を参拝する予定だったのですが、コースを変更して島の奥へ向かうことにします。

以前訪問したときは宮尾城と厳島神社だけ見学したので、今回は初めて歩くエリアが多いです。

この棚守屋敷跡もそうで、近年の研究で「厳島の戦い」の実態が明らかになっているのは当時の神職だった棚守房顕が残した覚書のおかげだそうです。

こちらの林家住宅も神職の家で、元禄時代の建物は国の重要文化財に指定されています。

さらに奥、勝山城へ向かいます。
歩いた距離はそう多くないのですが、わりとアップダウンがあります。

勝山城は陶晴賢が最初に本陣を置いた城だと言われています。

最後は島の奥にある大元公園へ。諸説ありますが、このあたりに陶軍は上陸し(ゆえに船があったので)ここが最後の戦場になったのではないかと言われていますね。

小川に沿って進むと「血佛池(ちぼとけいけ)」があります。
ここまで来る人はまずいないとガイドの大槻さんもおっしゃってましたが、そりゃそうですよね。

屋根があったのでここでもう一枚、記念写真を撮りました。

このあと厳島神社の表参道商店街にある「だいこん屋」でランチを食べて解散しました。

記憶頼りですが、今回歩いたコースをマップに描き入れておきましたので参考にしてください。

感想など

天気こそいまいちでしたが、花粉症のぼくにとってはマスクなしで歩けるというメリットもあるので「それはそれでアリかな」と思っていました。
今回の行程なら1万歩にも満たないので(この日全体で15000歩でした)老若男女問わずオススメできる良いコースです。

参加者としての楽しみ方にも慣れてきたというか、団員総会などでの顔見知りが多かったのでリラックスして参加できました。
と同時に初参加の団員も数名いて、そういう方々が今後も増えていくといいなあと思いました。当日「(オンラインとはいえ)一度会ってる」状態からスタートできるという意味でも、事前ミーティングの効果も実感できました。

前回今回と幹事が「旅のしおり」を用意してくれましたが、必ず作らなきゃいけないことはないですし、幹事の負担もできるだけ下げるようにしないといけませんね。
参加者アンケートでも幹事のサポートを考えたほうがいいというフィードバックがありましたし、今回はルートを変更することになりましたが現地のお祭りなどの日程を把握して開催日を検討したほうがいいかもという声もありました。
このあたりは今後に活かしていきます。

前回は山鳩さんの「〈好き〉のおすそわけ」でしたが、今回はtoproadさんの「興味に付き合う」ツアー企画でした。
基本的には地元のお城を案内するほうが企画もしやすいと思いますが、こうしたパターンもアリだという良いモデルケースになったんじゃないでしょうか。
ぜひみなさんも自分が行きたいお城について調べる際に「城たびにしたほうが楽しめるんじゃないか」と一度考えてみてもらえるとうれしいです。

ということで来月は和歌山城ツアーですね!

そのあともいくつか企画中の話は聞いていますので、まずは興味のある「城たび」に一度参加してみてくださいね。

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