三河国岡崎藩本多家の分家。郡山藩本多家の初代藩主・忠平の弟、忠利が陸奥国石川藩を立て、三河国挙母藩へ転封された。石川藩は忠利一代で廃藩となっている。3代・忠央のときに遠江国相良藩へ転封となり、その後、訴訟に関する不正が発覚して取り潰された。
三河国岡崎藩本多家の分家。郡山藩本多家の初代藩主・忠平の弟、忠利が陸奥国石川藩を立て、三河国挙母藩へ転封された。石川藩は忠利一代で廃藩となっている。3代・忠央のときに遠江国相良藩へ転封となり、その後、訴訟に関する不正が発覚して取り潰された。
└ 本多家(忠朝系)
└ 本多家(政利系)
└ 本多家(本多山城守家、忠利系)
└ 本多家(忠周系)
└ 本多家(政朝系)
江戸幕府が樹立された1603年(慶長8年)から、廃藩置県が断行された1871年(明治4年)までの期間において、本多家の当主が藩主をつとめた履歴です。
1749年(寛延2年)〜宝暦8年(1758年)
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10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。
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