急斜面を10分ほど登り、尾根筋に出て50mくらい歩くと、小高いピークと虎口らしき形状が見えて来ます。一ノ門跡との案内板がありましたが、物見台としてもいい場所です。あとで見た本郭の解説では、堂平と呼ばれているとのこと。
急斜面を10分ほど登り、尾根筋に出て50mくらい歩くと、小高いピークと虎口らしき形状が見えて来ます。一ノ門跡との案内板がありましたが、物見台としてもいい場所です。あとで見た本郭の解説では、堂平と呼ばれているとのこと。
一ノ門との案内がされていた小ピークの背後ですが、きっちりと二本の堀切で処理され、背後の尾根との遮断されています。他の城なら、すでに立派な縄張りとして成立するのですが、林大城ではまだ、一ノ門を過ぎただけです。どれだけの規模なんだ?と期待させます。
一ノ門からややきつめの斜面を登ると、小さな段郭の先に堀切と土橋が現れます。
城側(左側)は段郭の切り岸を兼ねているので、傾斜が厳しい。
堀切Bの城側には厚さ1mくらいの土塁が作られています。
草が多くて判りづらいですが、道の両側に幅5m程度の段郭がずっと奥まで作られています。分譲地のようにも見えますが、狭くて小屋一棟建つかどうか...。15段は数えました。
堀切Cから上では、段郭の広さ、切り岸の高さがそれまでの小段郭地帯に比べると倍くらいの広さ、高さになり、高級住宅街の雰囲気が出ます。
大段郭帯のなかには、通路側に石積がされている段郭が見られました。やっぱり、高級住宅街なのかな?
林大城の三の郭です。下から車道が通じていて、ここまで車で上がれるようです。トイレも有ります。
林大城の副郭へは、今では石段で上れるようになっています。
二の郭から本郭までの間に、まだ二段ほど郭が挟まれています。
二の郭と本郭の間に入っている堀切です。
本郭背面の一部に残っている石積。周辺に散乱する石の状態から見ると、往時は全周が石積であった可能性が有ります。
信濃の他の城なら定番になるのはここに大堀切なのですが、さすがに信濃守護の城は違います。とても広い副郭で守っています。
林大城は背後を5本の堀切で断ち切っているとのこと。3本まで確認しましたが、途中から林小城へ向かう道が斜面に降りてしまい、全ては確認できず。
林大城三の郭に立つ案内板から、周囲の城との位置関係を示す地図を抜粋。 この林大城を囲むように林小城、桐原城、山家城、埴原城が有ります。
林大城の背後を守る堀切のうち、最も本郭寄りの堀切です。他の城ならざっくりと掘り込んだ大堀切りになるのですが、ここでは数の勝負のようです。
林大城の背後を守る堀切の一つ。この堀切Gを確認した後、道は斜面をどんどん降りていくので、この先何本の堀切が有るのか、最後まで確認できませんでした。
林大城の搦め手側の登城路は、斜面を駆け降りる竪堀に沿って、かなりの傾斜でついています。私は降りるために使いましたが、降りるのもキツかった。 距離は短いので、健脚者向きです。
大嵩崎の集落を降りて、反対側の山裾に有る林小城の登城口を入ります。
林小城の登城路の脇はジュクジュクの湿地帯です。天然の水堀ですね。
林小城の斜面を登っていく途中に、竪堀を横切るポイントがありました。上を見上げると、二本の竪堀が合流して、下ってきています。
林小城の二の郭は、明確に虎口が形成されていました。 その向こうに何やら、素晴らしい光景が...
林小城の本郭は長辺約30mの長方形で、まわりを土塁が囲んでいますが、南側が一段と高くなっています。
林大城が何本もの堀切で執拗に防御しているのとは対照的に、小城はこの堀切一本が尾根筋を断ちきっているだけです。
林城の副郭(三の郭/駐車場)に立つ案内です。縄張り図で解説されていて、しかも縄張り図が異常に詳しい。
金華山橋を渡った尾根の突端に立っています。
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