久居陣屋
久居陣屋

[三重県][伊勢] 三重県津市久居西鷹跡町


  • 平均評価:★★★☆☆ 2.50(--位)
  • 見学時間:15分(--位)
  • 攻城人数:77(1445位)

久居陣屋跡の案内板

久居陣屋跡に設置されている案内板の内容を紹介します。

久居陣屋跡(高通児童公園)
久居陣屋と城下町
 久居の歴史は、津藩初代藩主藤堂高虎の孫藤堂高通(たかみち)によって野辺野(のべの)と呼ばれる高台の野原に建設された城下町に始まります。
 寛文9年(1669)に幕府から津藩の分家・城主格大名として認められた高通は久居藩を開き、寛文11年(1671)に入府すると永久鎮居の戦いを込めて「久居」と名付けました。久居藩は初代藩主高遠が5万石、2代高堅(たかかた)からは5万3千石となり、以後16代高邦(たかくに)まで約200年続き(明治4年(1871)の廃藩置県布告により久居藩は消滅)、久居藩4代・5代・7代・12代藩主は、宗家津藩を継いでいます。
 久居陣屋(久居城、久居館の別称)の中心「御殿」(現在の久居中学校運動場中央付近)と、その北から東にかけて広がる武家屋敷(久居西鷹跡町・久居東鷹跡町)約200戸は溝で囲まれ、大手門(久居郵便局付近)と裏御門の2ヶ所で町屋(本町・ニノ町・旅篭町・寺町・幸町・万町)約500戸と繋いでいました。

公園と久居の歴史
 高遠児童公園はかつての久居陣屋の一角にあり、公園内には久居誕生(高遠入府)250年を記念した「御殿山の記念碑」(大正10年建)、軽便鉄道開通に貢献した玉井丈次郎の顕彰碑(昭和3年建)、本村と久居町の合併記念碑(昭和8年建)・久居市の市章を掲げる青年像などがあり、久居の歴史に包まれた御殿山として、また桜の名所として、市民に親しまれています。津市教育委員会
   

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猛将妄想録 1 (電撃ジャパンコミックス)

いまでも定期的に読み返す一冊。たまたま見かけたこの本のおかげで攻城団にマンガという武器が加わったと思うと感慨深いです。攻城団で発表した作品を収録した続刊も出版したいと思ってます。

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