伊勢上野城
伊勢上野城

[三重県][伊勢] 三重県津市河芸町上野


  • 平均評価:★★★☆☆ 3.00(--位)
  • 見学時間:31分(--位)
  • 攻城人数:110(525位)

伊勢上野城の案内板

伊勢上野城に設置されている案内板の内容を紹介します。

戦国の世を生き抜き、江戸幕府3代将軍の母となった「江」
ゆかりの地 上野城へようこそ
 上野城跡は、東西約250メートル、南北約550メートルの規模で、城の主郭の周囲には、かつて土塁や堀切りで区画された郭が取り巻き、主郭の東側には幅が20メートル近い空堀があったといわれています。
 主郭の広さは約30×45メートル、その四隅には今もところどころに土塁が残ります。
 上野城の築城時期は明らかではないですが、天文17(1548)年の記録に分部氏から三間氏にこの城が預けられたことが記されています。
 その後、永禄11(1568)年に織田信長軍による伊勢侵攻があり、信長の弟信包が一時この城に入り、分部氏は信包に仕えました。信包が天正8年(1580)に安濃津城(津城の前身)に移ると、分部氏が入ったと考えられます。その信包が治めた頃、お市とその娘の三姉妹(茶々、初、江)がいたといわれています。
 文禄3(1594)年に信包が近江に移った後は、分部氏は豊臣秀吉、徳川家康に仕えて加増を重ね大名となりましたが、元和5(1619)年に近江国大溝(現在の滋賀県高島市)へ転封となり、それとともに廃城となりました。
   

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全国 御城印 大図鑑

掲載されている数が多く、限定ものも掲載あります。ただ集めるだけでなく、その城の歴史も学べる一冊です。各城のサブタイトルがその城の特徴を捉えているので、これだけでもどんな城であったかが知り得ることが出来ます。攻城団でも御城印帳を販売しているのに、ちゃんと各地の御城印帳販売の情報も載っていて、選ぶ側に寄り添っている資料的な本だと思います。

むぎさん)

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