興国寺城
興国寺城

[静岡県][駿河] 静岡県沼津市


  • 平均評価:★★★☆☆ 3.18(--位)
  • 見学時間:40分(--位)
  • 攻城人数:1238(134位)

興国寺城跡の案内板

興国寺城跡に設置された案内板の内容を紹介します。
案内板はふたつあり、こちらは1995年(平成7年)のものです。

国指定史跡
興国寺城跡(こうこくじじょうあと)
 興国寺城は、戦国大名北条早雲(伊勢宗瑞)が初めて城主となった城であり、彼の旗揚げの城としても有名な城です。
 早雲ははじめ伊勢新九郎長氏(いせしんくろうながうじ)と称し、駿河守護今川義忠(いまがわよしただ)の側室であった妹を頼って今川家に身を寄せていましたが、義忠の急死後、今川家の相続争いをまとめた功績によりこの城を与えられ、その後伊豆国を治めていた堀越公方(ほりごえくぼう)の内紛に乗じて足利茶々丸(あしかがちゃちゃまる)を滅ぼし、伊豆国の領主となって韮山城(にらやまじょう)に移り、戦国大名へと成長しました。
 その後、興国寺城は、駿河・甲斐・伊豆の境目に位置していたために、今川・武田・後北条氏の争奪戦の渦中に置かれ、城主が目まぐるしく替わりました。
 天文年間に今川義元が小規模な構造の城であった興国寺城を普請し、城地を拡大しました。永禄年間には駿河に侵入した後北条氏の城となり、武田信玄の攻撃を退けました。
 元亀年間の武田・後北条の同盟成立以降は武田方の城となり、武田一門穴山梅雪(あなやまばいせつ)の持城となりました。天正十年(一五八二)に武田勝頼が滅亡した後、城主の曽根下野守正清(そねしもつけのかみまさきよ)が開城し、徳川方の城となり家康の関東移封後は豊臣秀吉の武将、中村一氏(なかむらかずうじ)の家臣河毛重次(かわげしげつぐ)が城主となりました。
 関ヶ原の合戦後には、三河三奉行の一人で「どちへんなしの三郎兵衛」と称された、天野三郎兵衛康景(あまのさぶろうびょうえやすかげ)が城主となりましたが、康景の逐電により廃城となりました。平成七年三月 沼津市教育委員会

こちらは1983年(昭和58年)に立てられた案内板です。

興国寺城跡
 興国寺城跡は愛鷹山の山裾が浮島沼に向かって張り出した低い尾根上に立地しており、山の根を通る根方道と浮島沼を横断して千本浜へ至る江道・竹田道との分岐点にあたり、かつては伊豆・甲斐を結ぶ交通の要衝であった。
 城郭の遺構をよく残しているのは古城と呼ばれるこの地域で、浮島沼と谷戸に三方を囲まれ、深田足入と呼ばれる天然の泥田堀に守られていた。
 古城は土塁と空堀によって区切られた本丸、二ノ丸、三ノ丸の3曲輪から成る主郭部と大空堀の北側に付属する外曲輪によって構成されている。
 本丸北側土塁は一段高く築かれ、中央部の南面には石垣が積まれ、天守台と呼ばれる平坦部になっており、発掘調査によって2棟の建物址が検出され、礎石が残されている。西端も狭い平坦部が設けられ、西櫓台と呼ばれている。
 本丸は四方を土塁によって囲まれ、南は空堀で区切られていたが、現在南側土塁は崩され、空堀も埋められているが、ほぼ旧状をしのぶことができる。この部分に入口が設けられており、土橋また木橋があったと推定される。
 本丸の東南には土塁上に平坦部が設けられ、石火矢代と呼ばれていた。ここからは本丸土塁の裾を通って大空堀に抜ける小道が残されている。
 二ノ丸は土塁がほとんど崩されており、三ノ丸との境界がはっきりしないが、かつては土塁によって囲まれ、空堀によって区切られていた。南側土塁中央に入口があり升形が設けられていた。
 三ノ丸は南部を県道が横断し、宅地となっているが、南・東の土塁は部分的に残され、ほぼその範囲を知ることができる。かつては東南隅に大手口の虎口が設けられており、西北隅にも入口が設けられていた。
 周囲の深田足入と呼ばれた泥田堀はほとんどうめられているが、ところどころに小さな池や沼として残され、その思かげをしのぶことができる。昭和58年3月
沼津市教育委員会
   

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