まーちゃん

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2022年5月現在攻城団に登録されている東京都のお城は全て攻城し、現在は神奈川、埼玉、栃木、茨城、千葉に行動範囲を広げて攻城中。月一ペースで地方遠征を行い、日本100名城、続日本100名城のスタンプ集めに邁進中の山城大好きの初老のおやじです。

まーちゃんさんのタイムライン

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-07-09)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催するセミナー「全国お城物語」として「高岡城趾と城下町の魅力」について話を伺いました。講師は高岡市教育委員会文化財保護活用課の田上和彦氏でした。高岡市の概要、歴史、観光などの説明の後、高岡城趾の特徴、・水堀が埋められていない、・各郭が良好に残存している、・本丸を中心に馬出が周囲に配置され防御力が高いとの事です。また、田上氏の独自の発想によって名古屋城表御殿、裏御殿の平面図を高岡城本丸に当てはめると、平成23年24年の発掘調査の成果と合致する部分があり、今後の調査が楽しみとの事でした。土橋の両脇に石垣があるが、その石の丁場はどこ?その為に訪問した七尾市庵村之内白鳥、虻が島などで見られた海の波間に見られる刻印、矢穴のある巨石は興味深い話でした。最後に「高岡城天守はあったのか?」との質問があり、田上氏より、「本丸に出っ張った部分があるが、前田利長は当初天守を造るつもりではなかった。」との事でした。高岡城趾は一度訪問したことはありますが、100名城スタンプは入手していないので、再攻城する際の参考にします。(写真は4年前に撮影した本丸に立てられている前田利長騎馬像です)

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-06-25)

本日は梅雨の時期とは思えない晴天の中、宣言通り東京国立博物館で開催されている特別展「琉球」を観覧してきました。明日が最終日のためか多くの方々が来場していました。事前にチケットを購入していたので開門と同時に入場することが出来き(土日、祭日に行かれる方は事前にチケット購入をお勧めします)、外は猛暑ですが博物館内は冷房が効いているので快適な観覧が出来ました。琉球の歴史については余り知りませんでしたが、今回の特別展で琉球の歴史、文化などに触れることが出来ました。狸親父さんの報告にもありましたが、国宝尚家宝物のブロック(写真右下)のみ写真撮影が可であったので、皆さん写真撮りまくりでした。当然私も撮りまくりでしたが・・・。館内では出品目録を片手にチェックしながら見ていきましたが、頻繁に展示品の入れ替えがあったようで見ることの出来なかった展示物が多数あったので帰りに特別展の図録を購入しました。ゆっくり見ていったので全て見終わるのに3時間程かかりました。その後、しばらく博物館の常設展示を見て外に出ると猛烈な暑さでしたので、どこにも寄らずに自宅に直行、購入した図録をエアコンの効いた部屋で見ながら、最近のひとことを書いています。琉球の歴史、文化に興味のある関東在住の方、明日までとなっていますのが是非ご覧下さい。*帰宅して出品目録、図録を眺めていたのですが、次開催される九州国立博物館でしか見られない展示品があるようです。図録を購入して良かったと思いました。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-06-18)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催するセミナー「全国お城物語」として「高文化期金沢城二の丸御殿の造営事業」について話を伺いました。講師は石川県金沢城調査研究所 石野友康氏でした。二の丸御殿は政治の中心でしたが、火災で何度も焼失しているそうです。最初に金沢城の歴史を簡単に説明された後、文政13年(1830)に書かれた金沢城絵図の二の丸御殿に付いて、広さは約3000坪、表向(儀式、典礼の空間)、御居間廻り(藩主の居住空間)、奥向(側室等女性たちの生活空間)で構成されていたそうです。また、文化5年(1808)に発生した火災により二の丸御殿が焼失しましたが、その再建事業の内容が「御造営方日並記」に詳細に残されていたそうです。この史料は高畠厚定の職務日誌で、何時の時代にもまめな人はいるものだと感心しました。最近新たに御殿内装史料「二之御丸御殿造営内装等覚及び見本・絵型」が確認され、御殿内部で使用されている金具、壁紙などの記録が残されおり、二の丸御殿の重要史料の一つになっているとの事です。現在二の丸御殿の発掘調査が進められていますが、再建はずっと先の話となると説明されておりましたが、再建された二の丸御殿を是非見てみたいと思いました。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-06-12)

6月10日、11日の2日間で長野県上田城、松代城攻城+善光寺御開帳に行ってきました。上田駅でレンタカーを借りて上信越自動車道で移動、長野IC近くの松代城を攻城しました(写真左上)。攻城中、善光寺の混雑状況を確認すると平日の12時から14時は空いているとの事だったので松代城周辺の観光を中断し、長野市内に移動、善光寺を参拝しました(写真右上)。思っていたより混んでいましたが、少しの待ち時間で回向柱に触れて、遠目で前立本尊を拝んできました。松代城に戻る途中、川中島古戦場跡を見学(写真左下)し、16時頃松代町に戻ってきて周辺の観光を継続して、17時過ぎに松代町を後にして上田駅に戻ってきました。上田駅前で夕食を取り、その後ライトアップされた夜の上田城を見学(写真右下)、翌日半日かけて上田城とその周辺を観光して、帰途につきました。ハードな2日間でしたが、日々の心がけが良い(?)せいか雨に降られる事はありませんでした。ちなみに信州そばは上田市観光会館内のおそば屋さんで頂きました。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-06-08)

今週金曜日、土曜日の2日間、長野県の上田城とその周辺のお城巡りを計画しています。当初は小諸城・龍岡城を予定していましたが、先般オンライン評定に参加して7年に1度の善光寺御開帳の話を聞いて松代城、善光寺も良いなと思うようになってきました。例年より8日早く梅雨入りしてしまい、長野市方面、小諸市方面の週間天気予報を見て晴れている方と思っていましたが、残念ながらどちらも雨となっています。雨の中の攻城を考えると、足元がしっかりしていて雨に当たる可能性の少ない箱物の多いお城を見学した方がベストと考え、予定を変更して松代城、善光寺に行くことにします。しかし、当日上田駅に到着した際、小諸市方面が晴れているようであれば再び変更するかもしれません。予定は当日の天気次第ですが、どちらも予習はバッチリです。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-05-15)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催するセミナー「全国お城物語」の第12回目として「高知城:『御城築記』が語る江戸時代初期の築城とその後」について話を伺いました。講師は高知城歴史博物館 館長 渡部 淳氏です。『御城築記』には高知城の築城記録が残っており、山内一豊が徳川家康の許可を取るところから築城過程、及びなぜ高知城と名付けられたのかをこの記録を元に説明して頂きました。なお、高知城天守は掛川城天守を参考にして造られたと言われており、掛川城の復興天守が高知城を参考に造られた理由が理解出来ました。また、亨保の大火前に書かれた斉藤唱水日記には高知城の内部は金箔で覆われていた、との記載があることから、江戸時代初期から焼失するまでは安土桃山文化を引き継いだ華やかな造りであったと考えられており、亨保の大火(1727年)でほとんどの建物が失われて復興する際に現在のような質素な造りとなったと云うことでした。今回のセミナーで高知城に付いてより深く理解することが出来て良かったです。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-05-03)

今日は小田原城で開催された「北條五代 歴史と文化の祝典」に行ってきました。天気は快晴で、絶好のお祭り日和というところでしょうか。午前中は火縄銃の音が鳴り響く中、小和田先生、諏訪間館長の基調講演と対談を、北條五代武者行列を待ちながら馬屋曲輪でYouTubeのライブ配信を聴講してました。午後からは、規模はかなり縮小されましたが、馬に乗った方(写真右上)も行列に加わっており、戦国時代を感じさせて頂きました。もう一つの目的は関東大震災で崩れた石垣(写真左)の見学でした。先般千田先生の最強不滅の城ライブで小田原城の見学ポイントの一つとして紹介されていましたが、これまで4回程来ているにもかかわらず全く知りませんでした。修復された石垣も素晴らしいですが、崩れた石垣も立派な遺構であり、算木積みが下にずり落ちてもその形を留めている事に感動しました。天守閣には入場を待つ人の列(写真右下)が出来ており、少しずつではあるがコロナ前の状態に戻りつつあることを感じながら天守閣の中に入っていきました。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-04-17)

お城巡りに持ち歩いていた10数年前に購入したデジカメの内蔵電池が切れ、リチウム電池も劣化が進み、半日しか持たなくなってきたので、今回奮発してPanasonicLumixを購入しました。来週白河小峰城に行く予定なので、試し撮りとして近くの池上本門寺に歩いて行ってきました。行って初めて知ったのですが、池上本門寺は御用絵師狩野家の菩提寺であり、狩野家の墓所があり、加えて狩野派の作品を多数所蔵しており、今日は作品が展示されている霊宝殿が開館されていたので見学してきました。勉強不足で狩野派の作品をただただ眺めるだけですが、自宅の近くで狩野派の作品が見れるとは驚きでした。その中に徳川吉宗が書かれた「竹の虎図」があり、その解説には吉宗は絵画に造形が深く、狩野派から教えを受けており、晩年は狩野派の子孫の子供たちに絵画の教えをしていたそうで、吉宗の違った側面が見られた気がします。また、この本門寺には分骨墓ではあるが狩野探幽のお墓も有り、併せて見学してきました。と、言うことで今日は驚きと感動の一日になりました。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-03-20)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催するセミナー「全国お城物語」の第9回目として「浜松城:発掘調査が明らかにした「出世城」の歴史的景観」について話を伺いました。講師は浜松市教育委員会文化財課 鈴木一有氏でした。浜松城の歴史を、第1段階では家康が築城する前の引間城の時代、第2段階はまさに家康の時代、第3段階は天守や石垣が作られた堀尾氏の時代、第4段階は江戸時代、第5段階は明治から昭和戦前、第4段階は戦後から現在までの6段階に分けて、土の城から石垣の城へ、近世城郭への改変など解りやすく説明して頂きました。浜松城の周りはこれまで市の主要施設が集中していたが、施設の移転等が進められ、最近では小学校跡などでの発掘調査も進んでおり、現在では浜松城を町作りの中核に据えているとのことで、今後の発掘調査に期待したいと思います。なお現在の天守閣と天守台はアンバランスになっていますが、天守台から推定すると現在の復興天守の1.5倍はあったのでは、とのことです。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-02-27)

先日、多摩南部の小田山城、小野路城、三輪城、多摩西部の村山城を攻城し、攻城団に登録されている63城全て攻城しました。コロナ禍の中、県境を越えることが難しい中、東京都都内の城跡全制覇を目標にしてきただけに達成感はひとしおです。思い返せば東京23区内にある城跡は江戸城を除き、ほとんどが宅地化しており遺構らしきものは少なかったですが、本丸といわれているところが高台だったりして、城跡の雰囲気をかもし出しているところも多いですが、中には石碑がゴミステーションの中に建てられているところもあり、寂しく思ったこともありました。しかし、江戸城の外濠石垣等の遺構や江戸屋敷跡が都内に点在している様なので、コロナ禍が落ち着いたら東京23区内の散策をしていきたいと思っています。一方、多摩地区には八王子城、滝山城を筆頭とした山城が複数存在しており、また登山道も複数あるところもありますので、今回の攻城記録、写真を参考に、周りをゆっくり確認しながら再攻城していきたいと思っています。また、路線バスはこれまで乗り間違えるとどこに行くか解らないという恐怖心から利用出来なかった(利用する用事もなかった)のですが、多摩地区の城巡り時に路線バスを頻繁に利用し、恐怖感も払拭出来て良かったと思いました。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-02-20)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催するセミナー「全国お城物語」の第8回目として「岡山城~古式をつたえる漆黒の烏城~」について話を伺いました。講師は岡山市教育委員会文化財課 安川満氏でした。岡山城と言えば今年の11月2日に天守閣リニューアルオープンの情報があった個人的に注目しているお城です。講義の中で岡山城の概要、歴史、特徴、そして整備状況、取り組みについて説明が有りました。現在岡山城の本丸部分だけが烏城公園として残っているそうで、それ以外は市街地となっていて、市街地に西の丸西手櫓があったり、至る所に石垣が現存しているそうで、攻城時には市街地内の遺構巡りもしたいと思います。また、石垣の整備にエポキシ樹脂を石垣の隙間に使用しいる話を聞いたので、行った際には探してみます。最後に本丸部分の土塀の狭間が内外逆に付いている点について、お城ファンに不評なので早くどうにかしたいと話されていました。と、言うことで天守閣以外にも楽しめるところが豊富なお城だと感じ、今から岡山城天守閣リニューアルオープンが楽しみです。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-01-16)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催するセミナー「全国お城物語」の第6回目として大洲城の復元と城下町の維持、活用について話を伺いました。講師は一般社団法人キタ・マネジメント事務局次長村中元氏でした。元々村中氏は市の観光まちづくり課の職員さんです。前半は大洲城の木造復元に当たってのお話で、何事も初めての取り組みで色々と苦労されたそうですが、内部構造の分かる木組み模型、明治時代に撮影された鮮明な古写真が決め手となって木造復元が出来たそうです。後半は大洲城下町に関して戦時中空襲を受けなかったので、昔の町並みが残っていたのですが、時代の流れで町家の取り壊し計画が立て続けに上がり、城下町の景観がなくなってしまうのはまずいということで、大洲市と民間企業が手を取り合い、古い町家の外観はそのままに内部をリフォームしてホテル、レストランとして使用する取り組みを行い、町おこしを行っている状況を説明されていました。今では町家を壊す前に所有者から何かに使えないか問い合わせがある程活動が浸透してきているとのことです。お話を伺い大洲城、および城下町を散策してみたくなりました。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2022-01-02)

コウノ団長、団員の皆様、開けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
今年最初の城巡りとして、本日三浦一族ゆかりの4城址(浦賀城、三崎城、怒田城、衣笠城:攻城順)を攻城してきました。一番最初の浦賀城攻城時にはどんよりとした雲がかかり雨が降るのではと心配していましたが、叶神社で初詣した成果が出たのか、三崎城への移動中に天気が回復し、三崎城以降は快晴に恵まれ、良いスタートが切れたかなと感じています。今年こそコロナも収束して以前に近い活動が出来ることを強く願っています。とりあえず今年の個人目標である「西日本のお城を出来るだけ攻城する」為に軍資金を貯めていこうかと思います。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2021-12-12)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催する江戸城サロン「小田原城VS石垣山城 そして江戸に行った小田原」を聞きしました。講師は小田原城郭研究会の山本氏でした。小田原合戦時最高の土の城であった小田原城は総構えの難攻不落の城で、後北条氏の築城技術で有名な障子堀が小田原城にもあり、更にワッフル堀(障子堀が連続した堀の事をそう呼ばれていた)も有ったそうですが、それが遺構として現在見学できないことを残念がっていました。また、毛利氏所蔵の小田原陣仕寄陣取図には小田原城内に2つの山が書かれており、現在の八幡山古郭側は4代目北条氏政、城址公園側は5代目北条氏直のお城であったとの事で大変興味深いお話でした。更に4代目北条氏政のお城はこれまでの発掘調査で前方後円墳を使用していた可能性が出てきたとの事です。また、小田原から江戸に持ち込まれたモノとして上水路(小田原用水→神田上水)、石垣(早川石丁場)、さらには伝馬、目安箱などの後北条氏の政策が取り入れられているとの説明があり、歴史を勉強する上で貴重なお話が聞けました。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2021-12-05)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催するセミナー「全国お城物語」の第5回目として松代城下町と松代城整備状況に付いてお聞きしました。講師は長野市教育委員会事務局文化財課の宿野氏でした。松代城下町は北国街道が通っていたので江戸時代は栄えていたそうで、今でも新御殿跡(真田邸)、旧文武学校、真田家の御霊屋、鐘楼、武家屋敷、庭園群などがあり、見どころの多い城下町のようです。一方、松代城は明治の廃城令で石垣を遺し、いち早く堀も土塁も全て破棄されたそうですが、平成16年完了の第1期整備では一部の堀、土塁、それに関わる太鼓門前橋、櫓門、北不明門、櫓門の復元され、現在の姿になっています。現在は令和10年春を目指して第2期整備計画が進んでおり、武田築城技術を引き継ぐ、二の丸土塁、三日月堀、丸馬出しの遺構を整備する為、発掘調査が行われているとのことです。と、言うことで今後が非常に楽しみな松代城です。私は松代城は攻城したことがないので、早い時期に攻城したいと思います。ご承知の通り、日本100名城ですのでスタンプはお忘れなく!!

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2021-11-20)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催するセミナー「全国お城物語」の第4回目として岡崎城跡の最新の発掘調査成果と史跡整備に付いてお聞きしました。講師は岡崎市教育委員会の山口氏でした。岡崎城と言えば徳川家康とのイメージがありますが、在城していたのは1560~70年の10年間だけとの事です。また、復興天守の瓦に三つ葉葵が入れられていますが、徳川家康が在城していた時には天守はなかった事を知りました。岡崎城跡では毎年のように発掘調査が行われており、その調査は城跡を整備する上での基礎資料集めとのことで、その基礎資料を基に城跡整備が進められていくとのことで将来が楽しみなお城だと感じました。最近の発掘調査である坂谷曲輪の内容はYouTubeで見ることが出来ますので、皆さん一度ご覧下さい。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2021-11-07)

先週金、土曜日の2日間で甲府、韮崎周辺の新府城、要害山城等の攻城をしてきました。攻城したお城の一つ、獅子吼城では下山途中に道に迷ってしまい、とにかく下に降りていけば公道に出れるはず、と思い下に降りていったのですが、この山城は高いコンクリート塀で囲まれ、公道に出ることが出来ないようになっていました。何とかスマホで自分の位置を確認して、再び上に登って、登山口の方向に横移動していったのですが、所々の木にピンクのリボンが付いていることに気付きました。そのピンクのリボンを辿って降りていくと、登城口に戻ることが出来ました。入口をよく見るとそこにもピンクのリボンがついていました。そういえば攻城団の口コミにもピンクのリボンについての書き込みが有ったような。。。貴重な経験をしました。この経験は翌日要害山城攻城の際にもピンクのリボンを辿っていき、迷うことなく帰ってくることが出来ました。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2021-10-24)

昨日、群馬県高崎市の箕輪城を攻城しました。本来であれば群馬県三名城を投票する前に行く予定でしたが、体調を崩し行くことが出来ませんでした。体調も回復したので遅ればせながら行ってきました。さすが日本100名城に選ばれるだけあり、天守はないものの遺構はしっかり整備されており、特に感心したのは堀切の中を自由に散策出来ることです。時間を忘れて堀切の中を散策していて、帰りのバスの時刻に間に合わず、1時間当日の予定がずれてしまいました。攻城団のクチコミにもありましたが、交通の便が悪いことと、100名城スタンプのある箕郷公民館と城址が離れていることはありますが、群馬県三名城に相応しい名城跡だと改めて感じました。なお、現在本丸曲輪と蔵屋敷曲輪の間に木橋を整備中であり、工事看板には来年3月15日までとなっていましたので、再攻城が楽しみです。その後は、予定が大幅に遅れてしまったため、変更して大河ドラマ「晴天を衝け」でも出てきました世界遺産でもある富岡製糸場を見学してきました。明治5年に作られたこの工場が製造機械は更新されているものの建屋はそのままで昭和62年まで115年間操業をしていた事に対して、明治初期の方々の先見の明に驚かされるばかりでした。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2021-10-10)

今日は江戸城天守閣を再建する会が主催するセミナー「全国お城物語」の第3回目として北条氏が築城した難攻不落の名城・小田原城の歴史と見どころの話を聞きました。講演者は小田原城天守閣館長諏訪間氏でした。まず最初に小田原城の歴史について説明があり、北条氏は5代約100年の間に一族の争いがなかった稀有な戦国大名であることを知りました。小田原城の紹介においては皆様ご承知の通り、全国の戦国大名に影響を与えた総構と障子堀についての解説があり、総構はいざとなれば近隣の農民も籠城するために作られたのではないかと説を話されており、北条氏は領民思いの戦国大名であったとのことです。その後江戸時代、明治維新、そして昭和35年の外観復元までの流れを説明されていました。その中で、天守模型について触れられ、江戸時代に作られたものは全国に8基あるそうですが、そのうちの3基が小田原城であると説明されていました。平成27年7月から平成28年4月末に行われた天守閣耐震改修工事と同時に天守閣に摩利支天と天守七尊の安置空間が作られたそうですが、この工事は後から出てき話なので予算がオーバーとなり、関わった鳶職の方のほぼボランティア状態で作られたとのエピソードが紹介されました。最後に改修工事はしたものの鉄筋コンクリート製の現在の小田原城も10~20年後には寿命となり建て替えをしなければならないので、現在木造化復元に向けてNPO法人を立ち上げ活動しているとの話で講演は終了しました。緊急事態宣言も解除されたことですし、小田原城に足を運んでみたくなるような講演会でした。

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まーちゃんさん が最近のひとことを更新しました(2021-09-21)

昨日、江戸東京博物館と深川江戸資料館をはしごしてきました。江戸東京博物館は20年以上前に子供と来たことがありますが、東京大空襲の展示品の記憶ぐらいしか有りませんでした。入場客がまばらと思っていましたが、祭日であったせいか親子連れが多かったと思います。狸親父さんの情報に従いネットで入場券を購入しました。中は日本史の知識をアップデートするための勉強会の復習に役立つ展示物が並んでいましたので、隅から隅までじっくり見ていきました。中でも須原屋茂兵衛の享保武鑑見つけた時には思わず団長の顔を思い浮かべました。9時30分に入場し、江戸ゾーンを出てきたのが12時過ぎになっており、深川江戸資料館も行く予定にしていたので、明治以降の東京ゾーンは駆け足で見学して13時過ぎに江戸東京博物館を後にしました(東京大空襲として展示されていた曲がった鉄筋は記憶にありました。東京ゾーンはまたの機会に見学します)。深川江戸資料館は地下鉄両国駅から2つ目の清澄白河駅ですので、そう離れている場所ではありません。駅から外に出てみると祭日の為か人通りが多かったように思えました。駅から数分の所に深川江戸資料館があります。中に入り地下に下りていくとそこには江戸時代の深川佐賀町の町並みが再現されており、室内灯によって昼間と夜間を表現していました。また、屋根の上に寝そべっている動く猫が良い味を出しており、まるで江戸時代にタイムスリップしたように思えました。多少時間も余ったので、地下鉄三越前駅で途中下車して、日本橋、また駅のプロムナードに展示されている熈代勝覧を見学して帰りました。今回訪れた江戸東京博物館、深川江戸資料館共に長期休館となる予定ですので、関心のある方はお早めに行かれる事をお勧めします。

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今日のレビュー

奇蹟―風聞・天草四郎

長崎城めぐりの前に面白い小説はないか検索してヒットした書籍です。
歴史に疎い自分でも当時の様子がよく理解できました。
島原城、原城を攻城するにあたり、何故一揆を起こさなくてはならなかったか…
当時の切支丹、若き天草四郎、小西行長の元家臣達の働き、キリスト教の教えを方言を交えながら詳しく書かれております。

攻城された、今から行かれる方々にオススメできる作品です。

デュラけんさん)

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