河内守泰吉

河内守泰吉(かわちのかみやすきち)さん 大老 サポーター   フォロー

入団してからは攻城三昧となり、次はどこへ攻めようかと考えるのがとても楽しくて仕方ないです。恐るべし攻城団。作事と普請が好き(全部やん!)で、攻城しては写真を撮りまくっており、アップしているのは、ダイジェスト版です。

河内守泰吉さんのタイムライン

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  龍の口城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-03)

堀切
堀切

五叉路から4分の位置にあります。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  中島城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-03)

移転 屋敷神様
移転 屋敷神様

かっての城址内で祀られていた屋敷神様で、県道岡山赤穂線の拡張に伴い、現在地に移転されました。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  龍の口城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-03)

土塁と攻城路(参詣路)
土塁と攻城路(参詣路)

龍ノ口グリーンシャワーの森からの攻撃に備えています。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  妙見山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-03)

攻城道
攻城道

コンクリート製の坂を上り、さらに階段を上れば、主郭です。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  明禅寺城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-03)

恩徳寺参詣者用駐車場(無料)
恩徳寺参詣者用駐車場(無料)

攻城口まで10メートルほどです。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  明禅寺城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-03)

主郭下の帯曲輪
主郭下の帯曲輪

当時は、梯子で主郭に上がっていたように思えます。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  明禅寺城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-03)

明禅寺城跡の案内板
明禅寺城跡の案内板

主郭にあります。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  明禅寺城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-03)

石積み
石積み

城域には、石が豊富にあります。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  明禅寺城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-03)

攻城口(沢田)
攻城口(沢田)

コンクリート製の坂を上がり、柿畠内の畦道を道なりに進んで下さい。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  龍の口城(岡山県岡山市)の城活ノートを更新しました(2024-11-03)

岡山藩の藩祖池田光政公の御涼所跡で、光政公は、納涼の地として何度もここに訪れましたが、領民を煩わすことのないように、ただ幕を張るだけの簡素なしつらえで過ごしました。その仁愛の誠心は歴代の藩主に受け継がれて、継政公は、宝暦七年(1757年)ここに「甘棠碑」を建てて顕彰し、さらに、光政公が愛した「花香実」の梅を城内から分植しました。城下にあります。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  船山城(岡山県岡山市) を攻城しました(2024-11-03)

宇野バス原バス停から徒歩8分で、攻城口、さらに3分で墓地を経由して主郭に到達しました。城址は小さいながらも、旭川側からの攻撃を想定した造りとなっており、土塁、堀切、竪堀、横堀、石積みがあり楽しめました。ただ、主郭以外は鬱蒼とした雑木林ですので、この時期でも藪蚊がいました。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  岡山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-02)

西手櫓前のコインパーキング
西手櫓前のコインパーキング

攻城団メンバーには堪らないウェーブハウスパーキング西手櫓前です。昼間帯は20分100円です。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  岡山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-02)

石山門跡
石山門跡

ここには、富山城の大手門を移築した櫓門がありましたが、残念ながら、空襲で焼失してしまいました。火災の跡が残る石垣が痛々しいです。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  岡山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-02)

西手櫓
西手櫓

旧内山下小学校内にある西丸の西手櫓です。樹木の関係で、このアングルしか撮影出来ません。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  岡山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-02)

鉄門跡
鉄門跡

櫓に見える建物は、復元された不明門です。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  岡山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-02)

江戸時代前期の岡山城縄張り図(抜粋)
江戸時代前期の岡山城縄張り図(抜粋)

天守にて掲示されています。鶯色が侍屋敷、肌色が町屋、灰色が寺です。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  岡山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-02)

復元 供腰掛
復元 供腰掛

供腰掛は登城する藩士のお供の者たちが待機するための建物です。城内の絵図によると土間に縁台を設けただけの簡素な建物であったことがわかります。発掘調査では基壇や雨落ち溝、礎石の一部が見つかっています。外観や建物の構造については資料がなくわかりませんが、建物の性格や規模、古写真などでわかる周辺の建物の外観などを参考に、前面を開放した下見板張りで入母屋造の建物と想定して復元されたそうです。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  岡山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-02)

宇喜多期と小早川期の境目
宇喜多期と小早川期の境目

宇喜多秀家が築いた緩やかなカーブを描く石垣の隅に、小早川秀秋が石垣を継ぎたして改修した跡が観察できます。秀家は安定性の高い大型の石材をきっちり積んでいる(左側)のに対し、秀秋は丸みの強い石材をおおまかに積んでいます。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  岡山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-02)

塩蔵下の補強石垣
塩蔵下の補強石垣

補強石垣は、丁寧に面を整えた石をすき間なく横に積み、最上段の石は、角を丸く加工しているのが特徴です。せり出してきた高石垣を補強する目的で江戸時代の元禄年間(1688~1703)に築かれました。

河内守泰吉

河内守泰吉さん が  岡山城(岡山県岡山市) の写真をアップしました(2024-11-02)

後楽園駐車場
後楽園駐車場

後楽園に近い駐車場です。

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今日のレビュー

イラストでサクッと理解 流れが見えてくる日本史図鑑

人を選ぶ本だと思います。
タイトル通り、流れを理解するにはいいと思います。
簡単になっている分、因果関係が短絡的になりすぎかなと思う部分もあり物足りない印象を受けますので、時系列を理解するためのとっかかりにはおすすめです。

はつみんさん)

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