のり

のり(のり)さん 家老 サポーター   フォロー

兵庫県丹波市在住。
御城印がきっかけで攻城団に出会いました。城を巡っていくうちに御城印だけでなく、城の遺構や歴史に興味を持つようになり、後に訪問する団員さんたちに少しでも情報提供できるように、攻城記録やアップした写真に必ずコメントするように心がけています。

のりさんのタイムライン

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のりさん が  角牟礼城(大分県玖珠町) の写真をアップしました(2024-05-03)

二の丸南虎口
二の丸南虎口

道は180度曲がって上に続いています。

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のりさん が  角牟礼城(大分県玖珠町) の写真をアップしました(2024-05-03)

竪掘
竪掘

三の丸付近に築かれています。

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のりさん が  角牟礼城(大分県玖珠町) の写真をアップしました(2024-05-03)

三の丸跡
三の丸跡

林道により一部が壊されていますが、三方を石垣で囲まれた曲輪で、ここまで車で来ることができます。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-02)

西之丸角櫓付近の白壁
西之丸角櫓付近の白壁

江戸時代の終わり頃は南西隅櫓の両側の塀は板塀だったそうで、石垣の最上部に平らな石が並び、塀が建てやすくなっています。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-02)

西之丸角櫓
西之丸角櫓

昭和20年(1945)の戦災によって焼失し、その後昭和41年(1966)に復元されたそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-02)

慶長の石垣
慶長の石垣

築城当時の慶長期(1600年前後)に積まれたもので、山里丸を囲む石垣の一部だそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-02)

扇櫓跡
扇櫓跡

本丸の北東隅にあり、この場所は鬼門にあたるため、隅に角をつけない扇形にした鬼門除けの手法がとられています。現在、櫓は残っていませんが、明治17年(1884)の県の公文書に櫓の払い下げの記録があり、その時期までは存在していたことがわかったそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-02)

人質櫓
人質櫓

府内城に残るもう一つの江戸時代の櫓で、本丸の北東部、人質場と呼ばれた曲輪に位置し、文久元年(1861)に再建されたものだそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-02)

帯曲輪
帯曲輪

江戸時代に大分川の河口により造られた人口の土手で、土手の上には塀が建てられていたそうです。

のり

のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-02)

松栄神社
松栄神社

山里丸跡が境内となっており、御祭神は、府内藩の遠祖である松平近正公と松平一生公の親子だそうです。

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のりさん がコレクション「 大分府内城 御城印 」にコメントしました(2024-05-02)

セブン・イレブン大分荷揚町店で購入できます。コンビニで売っているので、営業時間を気にせずに購入できます。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-01)

廊下橋
廊下橋

かつての茶の湯や能、月見など諸芸能の営まれた山里丸と西の丸を結ぶ渡り廊下で、平城7年(1995)に復元されたそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-01)

廊下橋(内部)
廊下橋(内部)

古絵図に描かれていた、大手門の廊下橋の意匠を元にしているそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-01)

冠木門跡
冠木門跡

廊下橋の西の丸側にある門跡で、柱を支えていた長さ80cm、幅60cmの礎石が残っています。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-01)

天守台
天守台

慶長7年(1602)に四層櫓の天守が築かれていましたが、寛保3年(1743)の大火で焼失。以降再建されることなく現在に至っているそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-01)

大手門
大手門

府内城の玄関口で、正確には多聞櫓門という名称だそうです。昭和20年(1945)の大分空襲により焼失し、昭和41年(1966)に復元されたそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-01)

かがみ石
かがみ石

大手門周辺の石垣には「かがみ石」と呼ばれる、ひときわ大きな石が使われています。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-01)

北側の二重櫓跡
北側の二重櫓跡

いくつかの櫓は復元されていますが、ここの二重櫓は復元されなかったそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-01)

宗門櫓
宗門櫓

江戸時代の城郭建築が残る県内で数少ない1つで、安政大地震で壊れましたが、安政6年(1859)に再建されたそうです。

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のりさん が  府内城(大分県大分市) の写真をアップしました(2024-05-01)

本丸櫓台の石垣
本丸櫓台の石垣

天守台石垣と同様に、野面積みに隅部は算木積みとなっています。

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今日のレビュー

凸凹地図で読み解く 日本の城 ~この地にこの城を建てた理由(ルビ:わけ) (ビジュアルはてなマップ)

ブラタモリ好きにはたまらない一冊である。見やすい陰影段彩地図で地形、高低差が一目瞭然である。特に見て楽しいのは平山城。
 平山城の定義通りではあるが、緑色の平地に浮かぶ茶色の高地が、すべて城域なのか、城の外にもつながっているのかがよくわかる。
 それぞれに「地図職人の眼」という400字程の文章で、そこが台地、段丘、あるいは地山か、また、その岩質や地形の成立過程まで解説されている。中でも小諸城の解説では長年の疑問が氷解した。

幸丸さん)

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