城たび 〜お城めぐりの旅に出かけよう〜

攻城団が提案するお城めぐりの旅行ガイド(モデルコース)です。旅程を考える際の参考にしてくださいね。

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(日帰り)〈織田信長に先駆けた天下人〉三好長慶の居城・飯盛城をハイキングで散策する旅【飯盛城モデルコース】

織田信長に先駆けて「天下人」と呼ばれ、全盛期には9カ国以上をおさめた三好長慶の居城が飯盛城です。
三好長慶というと足利義輝を京から追い出し、松永久秀の下剋上を許したとあまり良くないイメージで語られることが多い武将でしたが、近年では「幕府」という旧来の体制に依存せず、自ら日本を統治することに乗り出した革新的な人物と再評価されています。

飯盛城が築かれている飯盛山からは大坂、堺のほか京まで見渡せ、畿内を平定した支配者の城であることがよくわかります。また現在も残る石垣の大半が京都側にあることや、将軍の使者が見上げざるを得ない状況を意図的につくったことなどから、権威を誇示するための工夫が見られます。
こうした歴史的な位置づけや遺構が認められ、飯盛城は2016年(平成28年)には「続日本100名城」に選ばれています。

現在はハイキングコースとしても人気の飯盛山にのぼって、長慶と同じように畿内を睥睨してみませんか。

今回のプランはハイキングがメインのため、昼食は飯盛山の山頂または途中の休憩所で食べることになります。
お弁当を持参するか、途中で購入しておきましょう。四条畷駅周辺にコンビニはありますが、新幹線で来られる場合は新大阪駅で駅弁を買ったほうが楽しめるかもしれません。
それと見学しながらではありますが半日ほど歩くことになりますので、給水用の飲み物も忘れずに。

また飯盛山のハイキングコースはいくつかルートがありますが、今回は四條畷神社から尾根伝いにのぼり、野崎観音へ降りるルートを採用しました。

旅程(1日目)

出発地点はJR四条畷駅です。
東京駅からは6:06発の「のぞみ151号」に乗れば8:33に新大阪駅に到着、そこから8:45発の「JRおおさか東線(久宝寺行き)」に乗り換えて、放出駅で「JR東西線・学研都市線(四条畷行き)」に乗り換えれば、9:12に四条畷駅に到着します。
金沢駅からは5:48発の「特急しらさぎ2号」に乗れば7:46に米原駅に到着、そこから8:03発の「ひかり495号」に乗り換えて、8:36に新大阪に到着します。広島駅からは7:03発の「のぞみ114号」に乗れば8:31に新大阪駅に到着するので、あとは同じです。

1 09:13 JR四条畷駅

提供:JR西日本

難読駅名のひとつですが、歴史好きには南北朝時代に楠木正行(まさつら)と高師直が相まみえた「四條畷の戦い」があるのでそうむずかしくないかもしれませんね。
もともと1895年(明治28年)にできた歴史のある駅で、1・2番のりば(京橋方面行き)の最下層には当時の浪速鉄道四條畷駅時代のレンガ造りホームが残っており、反対側ホームから見ることができます。また住所は四條畷市ではなく大東市であることも鉄道ネタとしてしばしば紹介されます。

徒歩20分

2 09:40 四条畷神社(10分)

四條畷神社
写真撮影:高宮英和(シンセイスタジオ)

楠木正成の子で、四條畷の戦いで敗死した楠木正行を祀っている神社で、1890年(明治23年)に創建されました。
父の正成が大楠公(だいなんこう)と呼ばれるのに対して、正行は小楠公(しょうなんこう)と呼ばれ、地元で慕われています。
境内やその周辺には桜が多く植えられており、桜の名所として春は多くの花見客でにぎわいます。また大阪天満宮や住吉大社と並び「なにわ七幸めぐり」のひとつに数えられており、「心願成就」のご利益があるとされます。

徒歩60分

ここからハイキングスタートです。尾根伝いに飯盛城跡を目指しましょう。
要所要所に案内板が設置されていますし、休日であればハイカーの方々も多数いらっしゃるので、迷うことはないと思いますが、無理せず自分のペースで進んでくださいね。
なおハイキングコースには途中でトイレがないので、四条畷神社でトイレを済ませておくといいでしょう。

3 10:50 飯盛城跡(120分)

1時間ほどのぼり、山頂までもう一息のところで立派な堀切があります。
飯盛城跡は連郭式山城という山の尾根伝いに複数の曲輪が並んでいる縄張りとなっていますが、これは敵の侵入を防ぎ、城の北側を守るためにつくられた堀切です。

楠公寺
写真撮影:高宮英和(シンセイスタジオ)

さらに5分ほど進むと、登山道に沿って石垣を確認できます。
(この周辺には石垣が多数残っています)

野崎観音

さらに15分ほど歩き、スタート地点の四条畷神社から90分程度で展望台がある本郭(本丸)に到着です。

飯盛山頂展望台
写真撮影:高宮英和(シンセイスタジオ)

標高314mの本郭にある展望台からは「あべのハルカス」や梅田付近のビル群など大阪の街がすべて見渡せます。もちろん大阪城も見えますし、さらに関西空港や明石海峡大橋まで見ることができますので、ランチ休憩がてらここでゆっくり眺望を楽しんでください。

飯盛山からの眺望
写真撮影:高宮英和(シンセイスタジオ)

本郭のとなりにある高櫓郭に城址碑と案内板が設置されています。

またここには楠木正行の銅像がありますので忘れずにチェックしましょう。
(なお三好長慶の銅像は大東市役所前にありますので、それについては最後に紹介します)

高櫓郭とその先の千畳敷郭の間を分断する堀切には土橋が明瞭な形で残っています。
土橋とは堀切の一部を幅1m程度の通路として残したものです。戦になった際にはこれを壊して防衛力を高めたり、敵兵が一列になったところを狙い撃ちするためにつくられました。

現在、FMラジオ送信所が建てられている周辺が「千畳敷」と呼ばれた、城内最大の広さを誇る曲輪跡です。
兵の駐屯地として使われたとも、長慶の御殿があった場所だともいわれています。
(城址碑から千畳敷まで15分程度です)

千畳敷

飯盛城跡の散策もいよいよ終盤です。
最後は千畳敷曲輪の南にある虎口で、この場所は飯盛城の南門にあたります。大手門であったかは不明ですが、両脇に石垣も残っており、頑丈な門があったことが想像できますね。

虎口
写真撮影:高宮英和(シンセイスタジオ)
注意

なお、虎口から次のポイントの楠公寺へ向かうにはいったん道を30分ほど戻らなければなりません。楠公寺に寄らず、虎口からその次の野崎城址へ直接向かった場合は約40分で到着しますので、時間と体力を考えた上で立ち寄ってみてください。

徒歩30分

4 13:20 楠公寺(10分)

楠公寺
写真撮影:高宮英和(シンセイスタジオ)

楠木正行の菩提寺です。
正行をはじめ「四條畷の戦い」の戦死者を弔うために開山された寺で、もともとは妙法寺という名称(寺号)でした。

徒歩70分

5 14:40 野崎城跡(30分)

野崎城跡はハイキングコースの休憩所になっており、本丸跡に城址碑と案内板が建てられています。
その歴史については不明な点が多いのですが、飯盛城の支城として使われたと考えられています。

それほど大きなお城ではないですし、遺構もわずかではありますが、本丸跡の東側には10mをこえる、山城特有の大きな堀切がしっかり確認できます。

徒歩10分

6 15:20 野崎観音(20分)

野崎観音

正式には「慈眼寺(じげんじ)」ですが、通称の「野崎観音」のほうが有名です。

1565年(永禄8年)三好・松永の兵によって全焼し、本尊の観音様だけが残りました。長い間、小さいお堂のままでおまつりしてありましたが、元和2年(1616年)青厳和尚がこのお寺を復興され、元禄宝永ごろにのざきまいりが盛んになると共に、お寺も栄え、現在に至っています。

戦国時代には松永久秀らの戦火に巻き込まれ、本尊をのぞいて全焼しましたが、江戸時代初期に再興されています。
毎年5月1日〜8日には1682年(天和2年)からつづく「野崎まいり」が催され、大勢の観光客で賑わいます。

PR「福寿山魚捨」のご案内

野崎観音すぐそばにある「福寿山魚捨」を予約しておくと、食事と温泉入浴が可能です。
見晴らしのいい露天風呂でハイキングの疲れを癒やして、少し早めの夕食を取るのもいいですね。

なお平日は4500円でお料理とお風呂をセットで楽しめます(週末8000円〜)。

露天風呂
提供:福寿山魚捨
料理の写真
提供:福寿山魚捨(季節によって料理の種類に若干変更があります)

国際観光料理旅館 魚捨

一週間前までの予約をお願いいたします。またお部屋が満席の場合はご希望に添えない場合があります。
注意

なお「福寿山魚捨」に立ち寄った場合、以降のスケジュールは実現がむずかしくなります。
おそらくお風呂に入って夕食を取れば、そのまま野崎駅経由で帰路につくことになると思います(野崎駅までは徒歩10分程度)。

歴史民俗資料館へ向かわれる場合は階段を降りてください。

露天風呂
写真撮影:高宮英和(シンセイスタジオ)
徒歩15分

7 15:55 大東市立歴史民俗資料館(30分)

大東市立歴史民俗資料館【館内】
提供:大東市立歴史民俗資料館

旧大東市立四条小学校に開設された資料館で、飯盛城跡のジオラマが展示されています。また「続日本100名城」のスタンプも設置されています。

大東市立歴史民俗資料館【館内】
提供:大東市立歴史民俗資料館

年末年始と毎月第1・第3火曜日(休日の場合はその翌日)が休館日ですので、平日の訪問を検討されている方はご注意ください。

大東市立歴史民俗資料館 概要

大東市の歴史と文化遺産、学術および文化の発展。展示物の見学だけでなく、文化財や歴史散策コースを検索し、それを映像などで見ることもできます。大東市の歴史や文化遺産を五感で感じ、学んでいただけます。大東市の歴史、文化財の学びや情報の発信拠点、また大東の歴史を愛する皆さんの憩いの場として、お気軽にご利用ください。

徒歩30分

野崎駅の反対側にあるので余裕があれば三箇城跡にも立ち寄ってみるといいでしょう。

8 16:55 三箇城跡(17分)

三箇城の詳細は明らかではありませんが、飯盛山城の西の守りを固める支城だったと考えられます。
城主の三箇殿(白井伯耆守)は熱心なキリシタンで、畿内一の規模を誇る大きな教会が建てられていたそうです。
遺構は残ってないものの、推定地である菅原神社の鳥居脇に城址碑が建てられています。
(三箇城のあった場所は諸説あります)

徒歩25分

9 17:37 JR野崎駅

提供:JR西日本

帰りは四条畷駅のひとつとなりの野崎駅から電車に乗ります。

野崎駅17:43発の「JR片町線・学研都市線(西明石行)」に乗れば、17:56に鴫野(しぎの)駅に到着します。そこで「JRおおさか東線(新大阪行)」に乗り換えると18:14に新大阪駅に到着します。
東京方面へは18:23発の「のぞみ404号」に乗り換えると20:56に東京駅着です。金沢方面へは18:46発の「特急サンダーバード41号」に乗り換えると21:23に金沢駅に着きます。広島方面へは18:25発の「のぞみ117号」に乗り換えると19:54に広島駅着です。
少し時間に余裕がある場合は乗り換えを1〜2本ずらして、新大阪駅でお土産を買ったりしてもいいかもしれませんね。

三好長慶の銅像はどこに?

2017年(平成29年)10月29日、三好長慶の銅像が大東市役所前に建立されました。甲冑を着た陣羽織の姿で高さは1.45m、1562年(永禄5年)に起きた畠山高政との「教興寺の戦い」で指揮をとる姿をモデルにしています。
大東市役所はJR住道駅から徒歩11分、JR野崎駅から徒歩23分です。

三好長慶像[飯盛城]
提供:大東市 | 三好長慶像[飯盛城]

1泊できるなら

どこで宿泊するかにもよりますが、三好長慶が飯盛城に本拠を移す前の居城で「続日本100名城」にも選ばれている芥川山城(大阪府高槻市)や、松永久秀つながりで彼が「平蜘蛛茶釜」とともに爆死したと伝わる信貴山城(奈良県生駒郡)などが良いと思います。
もちろん朝からたっぷり時間をかけて大阪城の櫓や門をすべて見てまわるのもいいですね。

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大東市からのお知らせ

飯盛城は標高約314mの飯盛山山頂に構えられた大阪府下で最大級となる山城です。
1560年、三好長慶は、当時「天下」と認識されていた、京都から摂河泉までを一望のもとに収める、270度の展望を持つ拠点城郭として、飯盛城を整備しました。
飯盛城には大がかりな堀切や本格的な石垣、畝状竪掘群などの防御施設や、戦闘のために構えられた曲輪のほかに、居住スペースや来訪者を招く文化サロンのスペースもあったと考えられています。
飯盛山を登る際は、これらの風景やその面影を楽しんでいただきつつ、飯盛山頂からの素晴らしい眺望で、ハイキングでの疲れを癒して下さい。

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