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小太郎さんの攻城記録一覧(履歴)

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詳細は以下でご説明しております。

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 赤穴瀬戸山城(島根県飯南町) を攻城(2020/11/14)

赤名小学校の校内北側にある車4~5台分のスペースに駐車して登城。
大手門跡や主郭の虎口付近には、ごつごつした石垣の一部が残っている。
主郭からは赤名の町並みを一望することができる。

 谷戸城(山梨県北杜市) を攻城(2020/11/21)

北側の北杜市考古資料館から大手口より登城したため、それほど高低差を感じなかったが、南側からはかなり高い位置にあることがわかる。
資料館から北の方向に見える壮麗な八ヶ岳の姿が美しかった。

 新府城(山梨県韮崎市) を攻城(2020/11/21)

新府城の北側の公園駐車場に駐車。
この場所からは北側の搦手口の方が近いが、大手口より登城するために南側にある大手口へ移動。
大手口には土塁で囲まれた桝形虎口があり、その外側にある圧倒的な高さの丸馬出しの切岸の周りを、三日月堀が綺麗な弧を描いている。

 若神子城(山梨県北杜市) を攻城(2020/11/21)

公園として綺麗に整備されすぎていて、城跡の雰囲気はあまり感じられない。
楽しみにしていた狼煙台は老朽化のため撤去されていた。

 笹尾城(山梨県北杜市) を攻城(2020/11/21)

二の郭より先は、倒木のため立入禁止となっていた。少し様子を見ようと思って内部に入ってみたが、どこにも倒木はなく、まったく危険な箇所もなかった。
立入禁止の意味が分からない。

 武田信義館(山梨県韮崎市) を攻城(2020/11/21)

新府城の帰りに登城。新府城からは直線距離で約3キロメートルほどの距離。
武田氏最後の居城となった新府城と武田氏初代の武田信義の館が指呼の間にあるというのも不思議な因縁を感じる。

 要害山城(山梨県甲府市) を攻城(2020/11/21)

要害山の山麓にある県道31号線沿いの駐車スペースに車をとめて登城。
この場所からの比高は約220メートルで所要時間は約30分。
主郭までは幾つもの曲輪や門跡らしき箇所を通ったが、簡単な案内板があるだけで、曲輪や門の名称や機能についての詳しい情報はわからない。

 田丸城(三重県玉城町) を攻城(2020/12/03)

全体的に古い石垣の特徴がよく残っており、野面積みの石垣が印象的。
搦手道には土塁の外桝形などの中世城郭の名残が見られる。

 黒井城(兵庫県丹波市) を攻城(2020/12/12)

本丸からは視界を遮るものは何もなく、全方向の眺望が楽しめる。
眺望という点では、竹田城にも匹敵すると思われる。

 芥川城(山城)(大阪府高槻市) を攻城(2020/12/19)

山麓にある予約制のタイムズBの駐車場を利用して塚脇コースで登城。
距離は長いが、その分勾配も緩やかで疲労度は少ない。
大手筋コースとの合流地点で、この急坂を登ってくるお年寄りのグループと出会って驚いた。

 江美城(鳥取県江府町) を攻城(2020/12/28)

上の段広場に車をとめて登城。本丸からは大山がくっきり見えていた。
米子方面から眺める大山はコニーデ型の美しい姿であるが、ここから見える冬の大山は切り立った断崖が連なる荒々しい姿である。

 高田城(岡山県真庭市) を攻城(2020/12/28)

二ノ丸跡である野球グラウンドに車をとめて登城。
竹の小径と呼ばれる遊歩道を使って、小屋の段経由の西回りで本丸へ向かう。
竹の小径の入口付近には、江戸時代に整備された高石垣が残っている。

 池田城(大阪府池田市) を攻城(2021/01/04)

城跡は公園として整備されてしまっているが、南門から北門へと続く空堀は、風情ある散策路となっている。

 宇佐山城(滋賀県大津市) を攻城(2021/01/05)

宇佐八幡宮の本殿下の豊平稲荷社前に駐車して登城。
ここまで結構な登りであったため、この場所の高度は約230メートルほど。残りの比高の約100メートルほどを約20分かけて山頂へ。
山頂の城跡には野面積みの石垣が各所に残っている。

 柳生城(奈良県奈良市) を攻城(2021/01/11)

正木坂剣禅道場の対面にある小さな小屋から登城。
主郭跡は藪で覆われており、全くの未整備状態であるが、柳生一族の墓がある芳徳寺、鬼滅の刃で人気スポットとなった天乃石立神社、史跡公園として整備されている旧柳生藩陣屋跡をセットで回ることができ、なかなか見どころが多い。

 柳生陣屋(奈良県奈良市) を攻城

 白地城(徳島県三好市) を攻城(2021/01/19)

大西神社にある城跡碑とその背後の土塁を確認。宿泊施設「あわの抄」には案内板が立っている。
遺構らしき物はほとんど消滅しており、長宗我部元親が四国統一の軍事拠点とした白地城の面影を偲ぶことは難しい。

 大西城(徳島県三好市) を攻城(2021/01/19)

池田幼稚園の東側に保存されている石垣の一部を確認。野ざらしの状態ではないため、石垣の保存状態が良好である。
こんな状態でも、石垣を残してくれたことには感謝しかない。

 重清城(徳島県美馬市) を攻城(2021/01/19)

主郭の東に設けられた二重空堀と土塁が良好に続いている。
主郭の中央付近には、城石碑と小笠原神社の石柱が建っており、その奥には、朽ちかけた祠が何とか残っている。

 芝生城(徳島県三好市) を攻城(2021/01/19)

現在は長閑な田園風景が広がっており、往時の姿を知ることはできないが、三好一族の繁栄と衰退に思いを馳せて壮大な歴史ロマンを感じることができる。

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今日のレビュー

平安京の四〇〇年:王朝社会の光と陰

10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。

まーちゃんさん)

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