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団員の方の攻城記録などを読んでは夢を膨らませて楽しんでいます。実際には焦らずマイペースに攻城しています。

さすけさんのタイムライン

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さすけさん が  桜城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(09:12:29)

挙母土場跡
挙母土場跡

矢作川は江戸時代から物流に利用され城下町を支えました。

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さすけさん が  桜城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(09:12:29)

復元隅櫓
復元隅櫓
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さすけさん が  桜城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(07:41:47)

櫓台跡石垣と城址碑
櫓台跡石垣と城址碑

公園として整備されていますが専用の駐車場はありません。周辺のパーキングに駐車する事になります。

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さすけさん が  七州城(愛知県豊田市) を攻城しました(07:31:56)

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さすけさん が  大給城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(07:30:21)

城址碑
城址碑

主郭曲輪にあります

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さすけさん が  大給城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(07:30:21)

主郭
主郭

巨石と古い技法の石積みが混在し印象的な曲輪です。

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さすけさん が  桜城(愛知県豊田市) を攻城しました(07:25:32)

度重なる矢作川氾濫により当初の築城計画から断念し、現在の豊田市美術館近辺に移転しています。(七州城)美術館敷地内に櫓が復元されているのでそちらもお勧めします。

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さすけさん が  大給城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(2026-04-25)

水の手曲輪
水の手曲輪

北側の谷を塞ぐ二重の堤防状の石垣です。『観音寺所蔵文書』1552年(天文21)、今川義元が手柄をあげた者に与えた感状に『大給城北沢水の手』で松平忠茂(生没年不詳)という者が敵を討ち取ったことが記されており、この場所だと考えられているそうです。又諸国古城之図三河加茂大給(1753年・宝暦3 広島市立中央図書館蔵)には『大石有』と記され、巨石が描かれています。

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さすけさん が最近のひとことを更新しました(2026-04-25)

今日は豊田市博物館で開催されている企画展『教えて、千田先生!とよたの城も天下の城も』記念講演会を聴講しました。先生は豊田市で生まれ、幼少期に市内にある桜城の石垣を撫でた感触を記憶しているそうです。桜城は築城絵図(計画図)によると馬出、石垣、水堀が描かれており、江戸時代の軍学を盛り込んだものだったそうです。
前述絵図馬出の話題から家康が武田氏の築城技術を取り入れ改修したお城の話に及びました。小牧長久手の戦いでは小牧山城の北側に馬出を設け改修している、従って馬出を通って中に入る事となり、信長時代の大手道を変えている。更に小牧長久手の戦いで秀吉と和睦をしていない事から以降緊張が続いていた。こうしたなか家康は秀吉の挙兵に備えて豊田の山城を改修した形跡がみられる。例として大桑城の馬出、市場城の畝状空堀から石垣の城へ、大給城の連続外枡形虎口と石積み等を事例に挙げられました。一方馬出については秀吉も聚楽第に取り入れており、それを見本に広島城の馬出が作られたそうです(二の丸)。又畝状空堀についても言及され、一番古いものは京都の嵐山城1505年(永正2、室町)とされ赤色立体地図により発見されたそうです。又、海外のお城についても話題にされ、イギリスのメイデンカッスルでは紀元前2世紀に馬出の構造が確認されていると教えてくれました。そして日本人が16世紀に馬出を考え出した点について興味深く感じました。もう一つ印象に残ったお城は樺太にある白主土城です。このお城は元の国の尺で作られている事が分かっており、北海道に隣接している事からもう一つの元寇と捉えている、と仰いました。
話は元に戻り、家康改修の連続枡形虎口の話から島原城へと及びました。元和4年平和な時代に何故連続枡形虎口と天守曲輪を備える必要があったのか。島原の乱との関連性を検討する必要があるだろうと仰いました。
講演会は次から次へと話題が多岐に及び、へーふうん、などと思っているとどんどん置いていかれてしまうほどのボリュームとスピードでした。何よりとても楽しかったです。とよたの山城を丁寧に紹介した展示会を是非観に行ってください。

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さすけさん が  大給城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(2026-04-25)

虎口
虎口

曲輪2へ続く虎口Cは連続して二つ有り守りが堅いです。石積みも見られます。

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さすけさん が  大給城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(2026-04-25)

堀底から見上げた櫓台跡
堀底から見上げた櫓台跡

立て看板縄張り図堀切Aの堀底に降りて撮影、巨石に圧倒されます。櫓台の向こう側に虎口Cがあります。

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さすけさん が  大給城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(2026-04-25)

立て看板
立て看板

縄張りが分かりやすく説明されてます。

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さすけさん が  大給城(愛知県豊田市) の写真をアップしました(2026-04-25)

登城口
登城口

登って行くと右手に大給松平始祖、松平乗元公のお墓が見えてきます。

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さすけさん が  大給城(愛知県豊田市) を攻城しました(2026-04-25)

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さすけさん が  松平城山城〔大内町〕(愛知県豊田市) を「行きたいお城」に登録しました(2026-04-21)

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さすけさん が  松平城(愛知県豊田市) を「行きたいお城」に登録しました(2026-04-21)

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さすけさん が  大給城(愛知県豊田市) を「行きたいお城」に登録しました(2026-04-21)

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さすけさん が  龍臥城(京都府京都市) を「行きたいお城」に登録しました(2026-04-19)

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さすけさん が  飯盛城(大阪府大東市) を「行きたいお城」に登録しました(2026-04-19)

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さすけさん が  一乗谷城(福井県福井市) の写真をアップしました(2026-04-18)

三の丸
三の丸

山頂立て看板。学芸員さんに北アルプスが見えますよ、と言われ樹木の間に見えました。

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今日のレビュー

刀狩り: 武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 965)

築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。

まーちゃんさん)

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