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詳細は以下でご説明しております。
耶馬溪サイクリングターミナルで自転車を借り40分程。地形を無視して直線的に積まれた古代山城のような石垣や石積櫓の銃眼など興味深い特異な特徴を持ち、考えるほど想像が膨らみます。弓型砲座への細尾根はバランス確保のため荷物を置き、四つ這い・尻もち移動を駆使しました。 |
東の林道から作業道(位置情報)が城の東側の谷まで続いているので、後は30m程直登すると着きます。海側ルートより高度を稼げて滑落の危険が低い事が利点ですが、作業道は荒れており倒木もある事と、駐車場所が考え所です(一応作業道を少し入った所に広場がありますが、水が溜まり易く雨上がりはぬかるんでいました) |
登城口へ続く道の入口(位置情報)に案内板があります。登山口から城跡までは10分強。目立った遺構は分かりませんでしたが、戦時中に監視所が置かれ防空壕跡が残っていますので、その際に破壊された遺構もあるかも知れません。なお城跡がある山は鯖釣山ではありませんが、『鯖釣山山頂』と書かれた看板通りに進めば良いです。 |
東の城山自然の森の登山口から杓子山を経由するルートと、北東側から舗装道を進むルートがあり、城跡手前の放送施設付近で合流します。放送施設前の車止めを越えて少し奥に行った先が城跡です。主郭の周囲に腰曲輪を設けただけの簡素な作りのようでした。 |
北東側に登城口と標柱があり、数分で祠が並ぶ主郭に着きます。曲輪以外の遺構はちょっと分かりませんでした。 |
北東の国道沿い(位置情報)に登城口と標柱がありますが、城跡手前で道は不明瞭になります。主郭までそれほど高さはないので、最後は直登したほうが早いです。主郭はきれいに削平されており、は祠と案内板が設置されていました。 |
西側から前半は直登コース、後半は舗装路を歩き40分程で到着。主郭は鉄柵で閉鎖されており入れませんが、案内板の裏手からピンクテープに従って降りた先に石垣と堀、また主郭北側から尾根に沿って北側に下った先にも見事な堀があります。 |
青山城から平畑山を経由して1時間程。どのルートで行ってもなかなか遠い道のりになりますので、登山装備を準備しましょう。高石垣や井戸跡、そして主郭から九州を見渡す眺望が見所です。 |
国史跡に相応しくよく整備されており、見事な石垣が見られます。ここの石垣は「山県積み」という積み方で、巨石を多く使い、それを斜めに配置することが特徴とのことです。 |
目の前に関門海峡を望む場所にあり、幕末に台場として転用されたのも納得の立地です。見事な天守台が復元されている他、民家が櫓のように乗っている石垣が面白いです。 |
関門トンネルを歩いて渡り、門司側出入口から徒歩30分程。戦時中に色々改変されたと思われ明確な遺構は分かりませんが、関門海峡の最も狭い場所を睨む地点であり(そのためトンネルも橋もこの地下を通る)、その立地から重要性を伺い知ることが出来ます。 |
伊賀口登山道(位置情報)から30分強で城域に着きました。残存している水門の石垣が見事です。一周しようとすると結構起伏がありますので、時間と体力に余裕をもったほうが良いです。 |
畝状竪堀と西の丸の石垣が見所です。城跡に通じる「陶の道」は歩くと結構な距離がありますが、俳句などが書かれた木札がたくさんあり、楽しみながら登れました。 |
天徳寺コースで1時間程。主郭は旗が立っている中ノ峰ではなく西の峰とされています。遺構はよく分かりませんでしたが、天徳寺コースは見晴らしが良い上に磨崖仏が多くあり、また岩登りがアスレチックのようで登山として楽しめました。ただ復路は岩場を下るのは若干危険なため、塚原コースが無難と思われます |
ある程度山の奥まで車で入れますが、城跡まではさらに山道を10分ほど歩きます。最初に立派な城址碑が登場しますが、中心部はそこからもう少し進んだ先のようですので、城址碑だけ見て帰らないようご注意ください。 |
整備された城址公園といった雰囲気で遺構は限定的ですが、海峡を睨む立地から城らしさを感じられます。かつては防長三関の一角(他は下関・防府の中関)として瀬戸内の海運の要衝であり、近隣に朝鮮通信使関連の史跡も多く残っています。海城らしく陸路の他、柳井港からの船便でもアクセスできます。 |
夜に攻城しましたが、庭園の灯りが点いておりかえって趣がありました。 |
来島へは波止浜港の他、今治ー大三島間の路線バスを馬島で降りてすぐの馬島港からもアクセス出来ます。本丸へ向かう階段が崩落しており通行禁止でした。 |
北東側からハイキングコースが整備されており、途中でユーカリの木とツツジ群生に分岐しますが、どちらも水道施設付近で合流します。主郭から各尾根沿いに設けられた多重堀切が見事。なお南側にも登城口や遺構があるようですが、気付きにくいくくり罠が設置されていますので、近付かない方が無難です |
城址西を通る県道25号が路面崩壊のため、本丸ルート入口を含め期間未定の通行止めになっています。現在唯一通行可能な葛原ルート<位置情報>も崖沿いの細道を倒木3本が塞いでおり、通行には危険が伴いました。くれぐれも安全第一で攻城ください。 |
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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