主郭は発掘調査で石積み等で5つの区画に分かれていたようで、写真でも石積が真っすぐ並んでいます。
現状主郭しか入ることはできないようです。また主郭北東側に作業道が開削されています。
土塁の上に城址碑があります。
土塁の上に城址碑があります。
発掘調査で元は薬研堀だったようで、埋めて平坦地を造ったとのことです。
Ⅱ曲輪は主郭の南にある曲輪で畑部分が曲輪で、それを囲む果樹園や城址碑のある藪が土塁です。 隣接する東郭が発掘の結果元は薬研堀だったことがわかり、こちらも鵜殿時代は空堀だったのではと思われ、復元模型や一部案内板には堀跡と表現されています。 東郭同様、後に「諸国古城之図」のように曲輪に造成されたと思われます。
当時のものかわからず。
主郭は発掘調査で石積み等で5つの区画に分かれていたようで、写真でも石積が真っすぐ並んでいます。
実物は西郷公民館にあります。 鵜殿時代の復元なのでⅡ曲輪、東郭が空堀として復元されています。
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