大草城(知多郡)
大草城(知多郡)

[愛知県][尾張] 愛知県知多市大草


  • 平均評価:★★★☆☆ 2.97(--位)
  • 見学時間:36分(--位)
  • 攻城人数:193(320位)

大草城址の案内板

大草城址に設置されている案内板の内容を紹介します。

大草城址の由来
 大草城は、織田信長の弟で、後に茶人としても名を挙げた源五長益(有楽齋)が、築城しようとして途中で断念した"幻の城"である。
 矢田川とその支流の流域からなる大野谷、(現知多市の南部と常滑市の北部地域)を拝領していた長益は、大草の地に城を築き始めた。しかし、天正十年(一五八二)に本能寺の変で信長が暗殺され、長益も天正十二年(一五八四)の長久手の合戦後、しばらくして秀吉に仕え、摂津国味舌(現大阪府三島郡三島町)に天封された。このため、地形(ちぎょう)などの普請が大体終わったところで放棄され、廃城となり、幻の城と呼ばれるようになった。
 ともあれ、西は伊勢湾が迫り、南は矢田川、東は神田川が流れ、それぞれ外堀の役目を果たし、なかなかの要害の構えであった。
 現在、大草城址は、本丸、二の丸と周囲の土塁、堀の大部分が、ほぼ完全な形で残っており、このような城址は、愛知県下でも数が少ない。このように保存状態がよいのは、尾張藩の徳川義直、光友に仕えた重臣、山澄淡路守英龍が大草を給地され、寛文六年(一六六六)に城址の西南方に屋敷を構えるなど、歴代の支配者が保存に力を注いだためである。
 市では、こうした歴史的価値をとどめる城址をさらに保存、広く市民にも憩いの場として開放するため、大草公園として整備。本丸跡に天守閣を模した展望台を設置したり、二の丸跡に散策道を設けている。施設の保全と管理が行われている。知多市
   

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今日のレビュー

戦国の城の一生: つくる・壊す・蘇る (歴史文化ライブラリー)

僕らは攻城の折に、何もない城址だとつい「残念ながら遺構は見られない」と思い、書いてしまいますよね。事実そう感じてしまうことで仕方ない。そんな中でも何かいい所を見つけて書きたいものです。そんなご同輩や私に、この本!
城って、造るのが大変で注目されるのはそこだと思いますが、落城することもあれば、天災で壊れそのまま廃城になることもあったわけで、そうした例を数多くの文献を引用して紹介してくれています。完全に破却される城がある一方、現代も遺構がある城址も存在する訳や、植栽の手入れやごみ・糞尿の処分などメンテナンス、門限や賭け事などのルール(城掟)といった生活観まで教えてくれます。
城掟ってものが残っていることを知りました。機会があれば見てみたいな。

こーたさん)

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