塩見城跡に設置されている案内板の内容を紹介します。
史跡 塩見城跡
塩見城は南北朝時代(一三三一〜一三九一)に土持氏が築いたと伝えられ日知屋城、門川城とともに「日向三城」と呼ばれた。そのご都於郡伊東氏の支配下に入り、綾民部左衛門義恒が居城した。(現姓細川氏)
又伊東一族の右松四郎左衛門が塩見地頭として入城したが天正五年(一五七七)に伊東氏が豊後へ敗走すると島津氏の持城となり、一門の吉利忠澄が城主として君臨した。平成七年一月 日向市教育委員会
塩見城跡に設置されている案内板の内容を紹介します。
史跡 塩見城跡
塩見城は南北朝時代(一三三一〜一三九一)に土持氏が築いたと伝えられ日知屋城、門川城とともに「日向三城」と呼ばれた。そのご都於郡伊東氏の支配下に入り、綾民部左衛門義恒が居城した。(現姓細川氏)
又伊東一族の右松四郎左衛門が塩見地頭として入城したが天正五年(一五七七)に伊東氏が豊後へ敗走すると島津氏の持城となり、一門の吉利忠澄が城主として君臨した。平成七年一月 日向市教育委員会
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