花隈城
花隈城

[兵庫県][摂津] 兵庫県神戸市中央区花隈町


  • 平均評価:★★☆☆☆ 2.32(407位)
  • 見学時間:20分(419位)
  • 攻城人数:157(270位)

花隈城址の石碑

織田信長に反旗を翻した荒木村重にとっての最後の城となった花隈城は現在、花隈公園として整備されています。
そこにある石碑の内容です。

花隈城址
 花隈城は、永禄10年(1567)織田信長が中国へ勢力を伸ばす手段として、この土地に、摂津の有力な武将荒木村重に命じて築かせた城である。のち天正6年(1578)村重が信長にそむいたとき、花隈城は池田信輝らに攻められて、天正8年(1580)8月2日ついに落城した。 城の地点は海に面して突き出たハナクマの名の通りの台地で、海陸の要害地である。城の規模は古図によると、本丸の西北隅に天守、東南隅に櫓を設け、二の丸、三の丸と北に続き、その東に侍町と足軽町があり、近世城郭の形態を完備した偉容を示していたと伝えられるが、建物の構造などは詳しくわからない。城の西には花隈町があった。 現在の地形では大体東は県庁、西は善福寺(モダン寺)、南は国鉄高架線、北は市電山手線の区域で、東西約350メートル、南北約200メートルであったと思われる。昭和44年3月

(昭和44年の石碑なので、説明が「国鉄」になってますね)

   
この記事のURLとタイトルをコピーする
これからあなたが訪問するお城をライフワークとして記録していきませんか?(過去に訪問したお城も記録できます)新規登録(登録は無料です)

花隈城の城メモ一覧

あなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。

新規登録(登録は無料です)

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る