光明寺城をじっさいに訪問された方によるコメント(クチコミ)です。今後訪問される際の参考にしてください。
|
| |
|
徳川家康公が元康から家康と名乗り替えのきっかけとなった光明寺(大規模無料駐車場あり)に寄ってから、城址碑を見学されることをお勧めします。 (2022/03/20訪問) | |
|
光明寺から北西100mくらいに城址碑のみあります。尾張最北端の要所で岐阜城がよく見えます。 (2022/02/08訪問) | |
|
城址碑があるだけでした。光明寺に駐車するよりも、138タワーパークに駐車して、木曽川を見てから歩いて現地に行った方が、城址周辺も把握できていいと思います。 (2021/12/05訪問) | |
|
光明寺南側のお寺の駐車場(位置情報)から北西へ徒歩1分の所に石碑があります。石碑側面に城の場所が信長の美濃攻めの重要な地で、城主も立派な方と説明がありました。 (2020/11/02訪問) |
攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)
築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する