戸石城
戸石城

[長野県][信濃] 長野県上田市上野


  • 平均評価:★★★★☆ 3.57(--位)
  • 見学時間:1時間25分(--位)
  • 攻城人数:409(288位)

戸石城跡の案内板

戸石城跡に設置されている案内板の内容を紹介します。

長野県史跡
戸石城跡
昭和四十四年五月十五日指定

 この城は東太郎山の一支脈が、神川に沿って南方に突き出している高い尾根に構築され、本城を中心に北に桝形城・南に砥石城・南西に米山城を配した堅固な連郭式山城で、総称して砥石城と呼ぶ。

本城
 砥石城全域で最も広大で、最上部の本郭から南へ二の郭・三の郭と続き、その東下または東南方に四の郭・三日月形郭・帯部等郭群の遺構をよくとどめている。本城の東南は小さな谷間で、これを登る両側には小段郭が麓まで、幾重にも続いており、登城口(大手)と見られている。

桝形城
 北方最高所標高八〇〇mにあって、自然の山頂を利用している。郭の西方入口に四平方mの桝形があるのでこの名がついた。郭は長方形で、手前に半月形の段郭が二つある。

砥石城
 本城の南に連絡しており、北下りの鞍部に幅九mの深い堀切がある。本郭は方二〇mの削平方形郭で、周囲の展望は実によい。

 砥石城は村上・真田氏が戦略上重要視し、また重要な役割を果たした城である。規模が大きく、四要害を一体として構築し、しかも居館としても用いられた極めて特色ある貴重な史跡である。昭和六十一年三月三十一日
長野県教育委員会
上田市教育委員会
   

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江戸お留守居役の日記―寛永期の萩藩邸

攻城団の勉強会で話題となった江戸時代に書かれた日記関係の書籍を読んでみたくなり、図書館のホームページで検索した所、何度か読んだことのある山本博文先生が書かれた「江戸お留守居役の日記◆寛永期の萩藩邸◆」が抽出されたので読んでみることにしました。内容は萩藩の江戸留守居役である福間彦右衛門によって寛永期に書かれた日記が元になっています。この本を読むまでは、江戸屋敷に常駐している藩士は自由に江戸の町で行動出来ると思っていましたが、実際はかなり制限されており、不自由な生活を余儀なくされていた事を知りました。そのような過酷な環境の中で藩士が起こした不始末や幕府から出された命令を、留守居役の彦右衛門が町奉行、旗本と相談しながら解決していく様が描かれています。なお、屋敷外での勤務、藩邸周辺の警備にあたる辻番所は近代の交番のルーツだそうです。当時の江戸屋敷の武士、町民の生活が垣間見られた一冊です。

まーちゃんさん)

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