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【〜12/11、京都府京都市】相国寺承天閣美術館で企画展「武家政権の軌跡-権力者と寺」開催 - お城ニュース by 攻城団
現在、相国寺承天閣美術館において企画展「武家政権の軌跡-権力者と寺」が開催中です。
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【クーデターで読み解く日本史】手を休めない義満の実力者つぶし――応永の乱
つづいて義満が排除を試みた有力守護大名は大内義弘でした。しかしこの乱は大内氏単独のものではなく、先の土岐康行の乱で没落していた美濃の土岐詮直や、明徳の乱で滅ぼされた山名氏清の嫡男・宮田時清、さらには鎌倉公方・足利満兼も挙兵するなど、幕府と半義満連合軍との戦いでした。
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【クーデターで読み解く日本史】義満が巧妙に張り巡らせた同志討ちの計略とは?――明徳の乱
「六分の一殿」と呼ばれた山名氏一族の権力をそぐため、将軍・義満によって画策されたのが明徳の乱です。 この乱の結果、山名氏の領国は但馬・因幡・伯耆の3か国に減らされ、その他の旧領は論功行賞で畠山・大内・一色・赤松諸氏に分与されました。
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【クーデターで読み解く日本史】有力守護大名を弱体化させた義満の策略――土岐康行の乱
有力守護大名である土岐氏が将軍・義満に振り回されたのが土岐康行の乱です。 一族の内紛に幕府が介入したことにより、土岐氏の勢力を弱体化させることに成功しました。
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【クーデターで読み解く日本史】幼い将軍の成長が呼んだ守役の悲劇――康暦の政変
康暦の政変は管領・細川頼之が有力守護大名の斯波義将らに追放された事件ですが、見方を変えれば成長した将軍・足利義満が細川一族の権力を取り上げるために起こしたとも考えられます。
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【歴代征夷大将軍総覧】室町幕府3代・足利義満――南北朝の統一を果たし室町幕府の最盛期を築く 1358年~1408年
「一休さん」でおなじみの三代将軍・足利義満ですが、じっさいの義満はまさに豪腕と呼ぶにふさわしい将軍でした。守護大名たちの勢力を削ぎ、さらに南北朝の統一を果たすと、日明貿易で莫大な利益を上げました。