かぷっちょ大野城攻城後は、道真公にお参りして帰りました。
旧道が此処まであります。礎石も残っており、かなり大きかったと思われます。
門跡も立派ですが、そこにこれだけの石垣がしっかり残っているのも凄いですね。
高橋鑑種夫婦が自刃した場所だそうです。
城址碑らしきものは、これしか見つけられなかった。
近道として、比較的直線的に登れる旧道がありますが、道が悪く高低差も結構あるので、しんどいです
広さはそこそこです。2段の建造物礎石があります。
ダムの役割も果たしていた様です。
七世紀の石垣としては、やはりかなりの規模なんだろうと思われます。
大野城攻城後は、道真公にお参りして帰りました。
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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