矢掛茶臼山城
567 矢掛茶臼山城

[岡山県][備中] 岡山県小田郡矢掛町東三成


  • 平均評価:★★☆☆☆ 1.83(--位)
  • 見学時間:33分(--位)
  • 攻城人数:16(1648位)

矢掛茶臼山城の案内板

矢掛茶臼山城に設置されている案内板の内容を紹介します。

茶臼山城址
 天正三年(一五七五)毛利元清は備中一円を平定して猿掛(さるかけ)城へ入ったが民政充実のため天正一二年(一五八四)標高九六メートルの茶臼山へ移城した。そして慶長五年(一六〇〇)関が原の戦に西軍が敗れ、毛利氏が萩へ西帰するまで一六年間在城した城址である。その間には天正一五年(一五七八)の九州征伐に引き続いて征韓の役(えき)で三度往復の途次、豊臣秀吉が再三立寄った史実があり、また長府藩主毛利秀元との由縁(ゆえん)も深い。
更に築城史的にも中世の山城(やまじろ)から近世の平城(ひらじろ)に移る過渡期の升形(ますがた)をもった平山城(ひらやまじろ)の典型的な形式を遺(のこ)し周囲に壕(ほり)を巡(めぐ)らし、本丸、太鼓丸、二の丸、三の丸、小丸、的前(まとさき)と幾段にも曲輪(くるわ)や櫓を設け、鎮守(ちんじゅ)の段、爺(じい)が段、茶屋敷(ちゃやしき)、枯れずの井戸の遺構など、山陽道の要衝を扼した見事な城構えを今に遺す貴重な史跡なので、矢掛町合併三〇周年を記念し、「茶臼山文化の丘」として整備したものである。
   
この記事のURLとタイトルをコピーする
表示の崩れや内容の補足・訂正があればぜひご指摘ください フィードバック
これからあなたが訪問するお城をライフワークとして記録していきませんか?(過去に訪問したお城も記録できます)新規登録(登録は無料です)

矢掛茶臼山城の城メモ一覧

あなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。

新規登録(登録は無料です)

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る