下に伸びている石垣の先端部が見れます。この左側に下へ降りれそうな道がありましたが、草深く難儀しそうだったので進むのはあきらめました。
5階の展望室から西側のながめ。眼下に龍頭とよばれる石塁が見えます。石塁の向こう側は崖。その右に見える休憩所とその奥の平坦地はのちに造られたもの。ガラス越しなので撮影しにくいです。
サザンクロスセンター1階にあるジオラマ。グスクは与論島の南端、空港や港は西端にあります。主郭と広大な曲輪は断崖の上にありますが、断崖の中腹にも曲輪が点在していて、総面積3万平方メートル以上の巨大グスクといわれています。上階にはグスクの解説コーナーがありパンフレットを入手できます。
石塁の高いところを左に見ながら奥に進む。使われている石は沖縄本島でよくみられる石灰岩と同じですね。下に降りられそうな階段を右側に見つけたのですが、草深くて進むのをあきらめました。
サザンクロスセンターの近くから。中央奥に石塁が見えます。右側の休憩所や石垣はあとで整備されたもののようです。左に見える赤い屋根のあたりが主郭で、琴平神社と地主神社が建っています。
空港・港から約4km、標高約90mの与論島の最高所に建っています。右側の鳥居または左後方から進入可能。駐車場あり。内部は資料館になっていて、5階の展望室からグスクをながめることができます。
サザンクロスセンターがある曲輪6から墓地がある曲輪3にかけて、道路に沿って石垣が続いています。崩れていたり削られている部分もありますが、おおむね良好に残っています。
左側に鳥居があって、それをくぐると曲輪2です。この道を進むと右側に石塁、左側に社務所と琴平神社(主郭)があります。
下に伸びている石垣の先端部が見れます。この左側に下へ降りれそうな道がありましたが、草深く難儀しそうだったので進むのはあきらめました。
石塁の左側には龍頭の由来について書かれた石碑があります。
グスクには拝所や御嶽があることが多いですが、ここにもありました。
主郭に建つ琴平神社。べつのところにあったものを地主神社の境内に移したようです。右側の社務所で由緒が書かれたパンフレットをいただけます。
社務所の横にひっそりと立っています。縄張りがわかる案内板はこれしか見つかりませんでした。ここまで来ないと縄張りがよくわからないのは少し残念でした。
地主神社の第2鳥居をくぐると土俵があり、奥には慰霊碑があります。このあたりが曲輪2です。右側に社務所・琴平神社(主郭)に上がる階段と第3鳥居が見えます。
曲輪2の入口にある第2鳥居のそばにあります。鹿児島県の指定文化財ではないのが少し意外でした。
遊歩道から主郭方向を振り返ってみたところ。曲輪3の北側は道路、南側は断崖に沿って遊歩道になっています。石垣の下が草深くてどのくらいの高さがあるのかわからないですね。
曲輪3に沿った遊歩道の終端近くに、崖下へ降りる道がありました。10メートルぐらい?下ると右側に石壁があらわれます。ここは海側からの入口ではないようですが、ところどころに低い石垣がありました。
左側の遊歩道を降りてきて、カーブを曲がるとこの奇観に遭遇します。午前中に雨が降ったためか、せり出した岩壁からしずくが降ってきました。この先は草深くなっていたので撤退しましたが、ふもと側の入口はあとで確認しました。
曲輪3に建つ記念碑。第2次大戦後、奄美群島はアメリカの施政権下に置かれましたが、昭和28年(1953年)に日本に返還されました。沖縄が返還される19年後まで与論島は国境の島だったのですね。
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