石垣に櫓門の材木をはめ込んだ跡があります。
石垣に櫓門の材木をはめ込んだ跡があります。
礎石のほか、扉を開閉する際の地面の保護のために、円弧上に石が敷かれています。
中世の山城だった時代の遺構です。大手門跡のすぐ脇にあります。
普通の櫓門は石垣の間に礎石があるわけですが、この門は石垣の手前にも構造物があったようです。どういった構造の建物だったのでしょう。 それにしても川からの比高が大きいですね。
岩山の上に高石垣を積んでいるのがわかります。
九州一の高石垣とのこと。
この場所は紅葉がぎりぎり間に合いました。
櫓台の上に立っている薄い石板は何でしょう。礎石とは思えないし、櫓台なので土塀があったわけでもないでしょうし。
石垣に埋め込まれた排水口と、そこから出た水を下で受ける穴も石造りです。
天守代用の三重櫓台の石垣です。
幅が狭くなっている場所を、竪堀でさらに狭くして防御を固めています。
東仕切を超えて御廟に向かう途中の北側に開かれた門です。門を出ると藪でした。
中世にはこちらが大手だったそうです。石垣に高さはありませんが、訪れる人が少なく城址らしい雰囲気も良いところです。
石垣の上の苔が美しかったです。
定番の撮影スポットですが、午前中は光線の方向のために強い影ができやすいので、晴れの日は午後のほうが撮影向きですね。
12月の初週でしたが、紅葉はかなり散っていて紅いじゅうたんのようでした。 遅い時期の紅葉は色が濃すぎて順光ではイマイチになりがちなので、できれば逆光で撮影するのがおすすめです。
このあたりは高石垣ではなく段状に積まれています。
谷を挟んで向こう側に見えているのは城代屋敷のあたりです。
阿蘇山はもっと近いのかと思っていましたが、結構離れているんですね。
逆光のマジックです。
谷を挟んで別の尾根に本丸・二の丸・三の丸が見えます。地形に制約を受ける山城らしい光景です。
屋敷跡は床だけ再現されています。
左側の石段の石垣は後から付け足されたもののようですね。
傾斜地にお住まいのかたはおわかりと思いますが、山城では排水がとても大事で、排水溝をどう配置しているかも注目したいポイントです。七曲りの急坂に沿った排水溝は、主に道の片側にありますが、このように両側から合流させたりといった工夫が見られます。
巨石を縦に削った排水溝が見られます。 また、坂道の谷側に設けられた石の丸い手すり?は、横にずれないように穴をあけて、隣の石と何かでつないで固定していたようですね。
城山から染み出た水が池になっていました。水の手として利用されていたのでしょうか。
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