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tu-neさん が  吉田城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2023-04-13)

二の丸土塁
二の丸土塁

二の丸南東の土塁です。奥に見えるのは豊橋市美術博物館(三の丸跡)です。

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tu-neさん が  吉田城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2023-04-11)

内堀と石垣
内堀と石垣

左奥の石垣は、南多門下の物です。

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tu-neさん が  吉田城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2023-04-11)

土塁@三の丸口
土塁@三の丸口

三の丸口門跡の城内側からの撮影です。約3m程の高さの土塁が広範囲に残っています。

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tu-neさん が  吉田城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2023-04-11)

内堀と本丸切岸
内堀と本丸切岸

辰巳櫓周辺です。堀底と土塁上までの高低差は今でも5~6m程あります。よく見ると腰巻石垣になっています。

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tu-neさん が  吉田城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2023-04-11)

三の丸口
三の丸口

「吉田藩士屋敷図」を見るとこの位置に三の丸口門(櫓門)があったそうです。

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tu-neさん が  吉田城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2023-04-11)

三の丸土塁と外堀跡
三の丸土塁と外堀跡

城址南側で、道路の位置に外堀がありました。

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tu-neさん が  吉田城(愛知県豊橋市) を攻城しました(2023-04-11)

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-10)

外堀(堀川)と城址
外堀(堀川)と城址

現在は用水路のようですが、城址西~南に流れる堀川(現・石脇川)が外堀の役目をしていました。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-10)

切岸(第一曲輪南側)
切岸(第一曲輪南側)

本丸南側は急崖になっています。高さは約20m程あります。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-10)

腰曲輪(第一曲輪)
腰曲輪(第一曲輪)

北東の土塁上からは、約5m程下にあります。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-10)

土塁(第一曲輪)
土塁(第一曲輪)

高さ約1.5m程の高さですが、しっかりと土塁が残っています。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-10)

第一曲輪
第一曲輪

第二曲輪同様に縦長の曲輪です。写真奥の北東には土塁があり、その下には腰曲輪も残っています。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-10)

切岸(第一曲輪)
切岸(第一曲輪)

第一曲輪に建つ大日堂の脇から、眼下の第二曲輪を撮影しました。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-10)

切岸(第一曲輪)
切岸(第一曲輪)

高低差は約3m程あります。第一曲輪には大日堂が建っています。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-09)

第二曲輪
第二曲輪

かなり縦長の曲輪です。北側(写真奥)は傾斜になっているので、改変されているかもしれません。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-09)

腰曲輪
腰曲輪

城山八幡宮のある外曲輪の南西側にある腰曲輪です。石垣は当時のものではなさそうです。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-09)

城山八幡宮@外曲輪
城山八幡宮@外曲輪
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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-09)

堀切
堀切

右側が外曲輪、左側が第二曲輪です。幅は1人通れる程で、高低差は40cm程です。曲輪間の仕切りの為の物なのか、以前の堀切が小さくなって残っているのかは不明です。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-09)

本丸切岸
本丸切岸

城址入口案内板からの撮影です。

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tu-neさん が  石脇城(静岡県焼津市) の写真をアップしました(2023-04-09)

標柱と城址入口(南側)
標柱と城址入口(南側)

奥に見える小屋と細い通路から、侵入を一瞬躊躇しますが、左側奥には案内板があります。

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平安京の四〇〇年:王朝社会の光と陰

10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。

まーちゃんさん)

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