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尾張、武蔵を経て、今は三河の町人なり。

こーたさんのタイムライン

こーたさん が  田原城(愛知県田原市) の写真をアップしました(2019-10-09)

水抜きされた堀は枡池
水抜きされた堀は枡池

現在、田原城で水堀として残っているのが枡池と袖池。そしてこのたび水を抜いたのが枡池でした。(全部抜くという触れ込みは、某テレビ番組にあやかり過ぎw)

こーたさん が  二連木城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-08)

登城口を振り返れば爽やかな秋空
登城口を振り返れば爽やかな秋空

階段の向こうに見える案内板は、もすもすさんたちの写真とかぶるのでアップするのは控えますね。
土曜の午前中、この青空の中城址内散策していて、誰とも会わなかった。街の公園なんだから、ご近所の人が散歩したりジョギングしたりしててもおかしくないのに。ひっそり静まり返る園内を独占攻城した。

こーたさん が  二連木城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-08)

ロング土塁
ロング土塁

果樹園にしてしまった大口氏。「してしまった」とは少々失言で申し訳ありません。買い取った土地をどうお使いになろうと口を挟めないですが、この土塁を残してくださったのは、偉業です。

こーたさん が  二連木城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-08)

石碑を引きで、土塁こみで
石碑を引きで、土塁こみで

しかし、心地よい木漏れ日も写真にとっては敵ですね。

こーたさん が  二連木城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-08)

石碑
石碑

鎖で囲われています。しかもピカピカ。こういってはなんだが、そうまでして守るほどの石碑でもないだろうに。何かいたずらでもされたのだろうか。

こーたさん が  二連木城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-07)

本郭(北西から)
本郭(北西から)

このアングルでは城址というより、案内板にあったように初代市長が買い取って果樹園にしていたという雰囲気の方が出ているかな。

こーたさん が  二連木城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-07)

トイレ(本郭内)
トイレ(本郭内)

いいですね。

こーたさん が  二連木城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-07)

公園東も曲輪(現、老人福祉センター)
公園東も曲輪(現、老人福祉センター)

ここも大口公園内という扱いなのかな。北側の児童公園部分に比べ、植栽などで本郭と一体感があります。(知らず知らずのうちに敷地に入る)

こーたさん が  二連木城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-07)

堀を埋めた大口公園北部分は城址感なし
堀を埋めた大口公園北部分は城址感なし

大口公園の名前は、現地案内板に「明治44年(1911)、初代豊橋市長大口喜六氏がこの地を買収し、果樹園とした。(中略)昭和36年(1961)に市が買収して大口公園として開設し、昭和52年(1977)に再整備し、春は梅、秋は七草などを楽しむことのできる公園とした。」と説明があり、二連木の城名・仁連木の地名とは関係ないとわかります。
豊橋市に限らずどの自治体でも、こうした住宅地に、城址を公園という名目で存続させるには、遊具の一つも置かないと公園として認められないのかな。ここの場合、東屋と鉄棒がありました。大口公園は遺構がよく残る部分とこの児童公園部分の差がありすぎて妙でした。堀を埋めたらそりゃそこに何をつくるのってことかもしれません。何を造っても模擬だと眉をひそめる人もいるでしょうから。でもでももっと一体感を持った歴史を感じさせる公園にしてもらいたいものです。

こーたさん が  二連木城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-07)

ここも大口公園(往時は堀だった模様)
ここも大口公園(往時は堀だった模様)

案内板の縄張り図によれば堀の一部だったらしい。

こーたさん が  赤岩城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-06)

遠景(中腹に砂防ダムがちらりと)
遠景(中腹に砂防ダムがちらりと)

下山してバスを待つ間に撮影。拡大すると砂防ダムが白く写ってます。

こーたさん が  赤岩城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-06)

大堀切
大堀切

山城の遺構を撮るとき、木漏れ日の明暗差が撮影を難しくしますね。この瞬間ばかりは曇天のほうがまだ撮りやすい。

こーたさん が  赤岩城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-06)

砂防ダムからでも行けます
砂防ダムからでも行けます

愛宕橋を渡ってダムに来てしまっても川を跨いで城址へ進んでください。
私のように右手(東)へ行かないで。

こーたさん が  赤岩城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-06)

この橋渡るべからず(城址へ行くなら)
この橋渡るべからず(城址へ行くなら)

砂防ダムに行き着く手前にこの橋(愛宕橋)がありました。渡りたくなりますよね。渡ったら上に砂防ダムがあるのですから。でも、そしたらここへ戻ってくるなり、川を跨いで城址へ向かいましょう。

こーたさん が  赤岩城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-06)

川に沿って石段を上がる
川に沿って石段を上がる

石段がきついという声が多いようですが、私はこのあとの山登りの方がつらかったです。

こーたさん が  赤岩城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-06)

砂防ダムからの人工の川(赤岩川)に沿って上がる
砂防ダムからの人工の川(赤岩川)に沿って上がる

上がっていくのはいいのですが、行き過ぎないように。

こーたさん が  赤岩城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-06)

赤岩寺本堂
赤岩寺本堂

遊歩道を使うルートもあるようですが、砂防ダムを目指すルートは、この本道右手の道が石段につながるのでそちらへ。

こーたさん が  赤岩城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-06)

山門くぐったすぐ脇に案内板あり
山門くぐったすぐ脇に案内板あり

攻城ルートを間違えた私は、先にこれを撮っておいたため、救われました。

こーたさん が  赤岩城(愛知県豊橋市) の写真をアップしました(2019-10-06)

赤岩寺への参道
赤岩寺への参道

まっすぐ延びる道の向こうに山門。青空で意気揚々。

こーたさん が  高縄城(愛知県豊橋市) を攻城しました(2019-10-05)

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今日のレビュー

村上義清と信濃村上氏―坂城町信濃村上氏フォーラム記念誌

信州大学の先生が、北信濃の戦国大名 村上氏のお膝元である坂城町で行った講演を書籍化したものです。
村上氏(因島村上水軍も出てきます)に興味のある方限定ですが、郷土の歴史が楽しく学べます。また、坂城町が郷土の歴史を活用した町おこしについて奮闘している様子も書かれており、好感が持てます。

茶々さん)

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