平五郎()さん 草履取り   フォロー

(未入力) 

平五郎さんのタイムライン

平五郎さん が  佐賀城(佐賀県佐賀市) の写真をアップしました(2020-07-01)

多布施川沿いの城内屋敷地跡
多布施川沿いの城内屋敷地跡

佐賀西高校と自治会館の間の通りを北側から南向きに望む。
この通りに面して龍造寺四家のうち多久鍋島家、諫早鍋島家、武雄鍋島家の屋敷があった。
写真左側に見える多布施川を挟んで東側(写真左側)に多久鍋島家の屋敷があり、通りを挟んだ場所の北側に武雄鍋島家、その南側に諫早鍋島家の屋敷があった。
北御門から勢屯を抜けてこの通りまでの屋敷の外側は土塀ではなく全て長大な多聞櫓になっており、多久家の南北両角と諫早家の南北両角、西側に折れた多布施川を挟んで北の勢屯に面した武雄家の東西両角には望楼を設けた二重櫓、この通りに面した諫早家の門は二重の楼門といった具合に非常に堅固に守られていた。
この通りと多布施川の幅は共に往時のまま残されており、歩道と車道を合わせた幅がちょうど当時の道幅である。

平五郎さん が  佐賀城(佐賀県佐賀市) の写真をアップしました(2020-07-01)

佐嘉城北濠
佐嘉城北濠

佐嘉城北濠を東側から西向きに望む。
北濠の内縁は佐賀県庁新庁舎側の正面入り口の東角から、東端にある駐車場の入り口付近に残る佐嘉城北東の角まで往時のままである。
濠の外縁は写真右側の道路のちょうど中央になり、濠端の道の北側は上級家臣の屋敷が並んでいた。
写真で見えている辺りの濠幅は御城分間絵図の書き込みによると三二間二尺(約59m)となっている。

平五郎さん が  佐賀城(佐賀県佐賀市) の写真をアップしました(2020-06-30)

東濠復元工事
東濠復元工事

東濠の復元工事を北側から見る。撮影場所は往時は本丸と二の丸が形成する郭の東側に濠と水路で囲まれた南北に細長い地形を成していた島であり、二の丸南の勢屯から裏御門を抜けて東へと伸びる細長い土橋(途中木橋)で繋がっていた佐嘉城の東側南半分ほどをカバーする防衛陣地である。
南側から伸びた東濠の外縁が写真の中程から西(写真の右側)へ折れ、その後北に折れて万部島まで続いていた。写真の中央から右側は往時は全て水濠だった。
写真左側には当時は天神社があったことが城下絵図から確認できる。またその天神社の南側には御東や向陽軒といった藩主の保養地的な建物が建てられていた。
復元工事の竣工は令和2年10月と書かれてあり、佐嘉城の石がらみで当時も用いられていた赤石で復元工事が行われている。

平五郎さん が  佐賀城(佐賀県佐賀市) の写真をアップしました(2020-06-28)

多久屋敷南面の水路跡
多久屋敷南面の水路跡

龍造寺四家のひとつである多久鍋島家の屋敷の南面に向かって分かれて伸びていた水路(多布施川)の跡を西側から見る。現在水路の上は自治会館などの駐車場になっているが水自体は中に向かって流れていたので暗渠化されていると思われる。
西隣にある佐賀西高校との間の道幅や多布施川の幅などは当時のままである。

平五郎さん が  佐賀城(佐賀県佐賀市) の写真をアップしました(2020-06-28)

本丸北側の濠跡
本丸北側の濠跡

2019年末に本丸北側の濠跡にあった最後の建物が取り壊され撤去された。現在は周辺の芝生広場と接続する工事を行なっている。竣工は2021年中旬(7月だったか?)頃。
最終的には南濠と接続し往時のように水濠に戻すべきであると思う。

平五郎さん が  佐賀城(佐賀県佐賀市) の写真をアップしました(2020-06-28)

多久屋敷西面の石積み
多久屋敷西面の石積み

よく佐賀城の南西角櫓台の石積みがおかしいとか現代的過ぎだなどと言う人がいるが、そうした人達はこうして近い時代に作られた当時の石積みがきちんと残っていることを知らないのだろうと思われる。
所々経年によって石積みがずれてきている部分があるが、接合面や表面などとても丁寧に加工されているのがよくわかる。

平五郎さん が  佐賀城(佐賀県佐賀市) の写真をアップしました(2020-06-28)

本丸と二の丸の境
本丸と二の丸の境

当時の本丸と二の丸の境は現在よりも小学校側(写真左側)寄りに伸びていた。
本丸北東の櫓台から南へ石垣が伸び、途中から土塁に変わり一度東へ折れた後また南へ伸びて南面の土塁と繋がり郭を形成していた。
本丸と二の丸を隔てる土塁の上には土塀が付けられており、その前方(本丸と二の丸の間の二の丸側)には南濠から北側へ真っ直ぐに伸びた濠が本丸と二の丸を仕切っていた。

平五郎さん が  佐賀城(佐賀県佐賀市) の写真をアップしました(2020-06-28)

本丸へ直角に伸びる二の丸前の土塁
本丸へ直角に伸びる二の丸前の土塁

見晴らしのためなのかなぜか低く整備されているが、壊されて間もない頃の古写真を見ると土塁の角度はもっと急で、角度や城絵図に記載された数値からすると高さも突き当たりの本丸の石垣に近い高さがあった。
土塁と本丸の石垣は間が空いていて繋がっておらず、土塁と石垣の間には門があったことが城絵図から確認できる。
写真の手前側も現在の道路に少しはみ出すくらいまで土塁が伸びていた。

平五郎さん が  佐賀城(佐賀県佐賀市) を攻城しました(2020-06-28)

櫓(天守)を見て石垣を見たら土産物屋へGO!みたいなテーマパーク的なお城ではないので玄人向けの城跡。
良さが分かるには歴史や土木・建築様式などある程度事前に知識を入れておくことが必要になる。

平五郎さん が団員名を変更しました(旧・馬頭鯛法師(仮)さん)(2020-06-27)

このアカウントをフォローすれば「最近のひとこと」などの活動履歴をもれなくチェックすることができます。
フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

今日のレビュー

最低の軍師 (祥伝社文庫)

発売当初、手に取ってそっと戻した本でした。今回改めて読む気になったのは臼井城攻城と攻城団のレビューでした。読み始めたら止まらず、一気に読んでしまいました。途中話が大きくなっていく為、大丈夫だろうかと心配しましたが、それこそがクライマックスの仕掛けで唸ってしまいました。
ちなみに前に紹介したアンソロジーの小川祐忠の作家はこの人でした。

まーPさん)

書籍ページを表示する

すべてのレビューを表示する

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る