お知らせ 詳細
元舟入だった今治港と繋がっており、潮の満ち引きで水門から水が入ったり、出たりするので「呑吐樋」と呼ばれています。
昔の案内板と内容は一緒です。
残念ながら雨が降ってました。
格子窓 格子窓は、敵兵の進入や矢弾を防ぐために、太い格子をつけた窓のことです。 格子の間隔は、敵兵の頭が入らず、かつ内側から鉄砲を撃ったり矢を射ることができる幅で作られています。
この先は今治港となっており海水がこちらから入ってきます。
目の前の鏡石は勘兵衛石です。 また写真の下の通路に灰色で塗られた部分に高麗門がありました。
1985年再建
写真の真ん中に海水が出入りする樋門があります。
今治城の石垣にちょくちょく使われている白い石は大理石だそうです。
礎石に石灰岩(大理石)を使っていたので再建の際はより強度のある花崗岩に置き換えたそうです。
瀬戸内海がマジかです。また鉄御門や写真左上には舟入(今治港)が見えます。
今治港はもともと今治城の中堀に造られた舟入で、城内に造られた舟入としては日本一でした。
古い時報塔が残っています。
石落 石落は、床に開けられた細長い蓋付きの穴のことで、ここから石を落としたり鉄砲を撃ったりして、下にいる敵兵を攻撃します。 この鉄御門のように門の上に櫓を載せた櫓門では、門を突破しようとする敵兵を攻撃するため、扉の真上に石落が設けられていました。
狭間 狭間は、壁面に開けられた小窓のことで、ここから鉄砲や矢を放ちます。 外側の口を小さく、内側の口は大きく作っています。敵兵から射撃されにくく、内側からは鉄砲や弓を幅広く発射することができます。また、石垣の上にある狭間は、敵兵を狙いやすいように下に傾けて作られています。
堀にある鵜の鳥小屋に鯱瓦のように鵜がとまってました。
元舟入だった今治港と繋がっており、潮の満ち引きで水門から水が入ったり、出たりするので「呑吐樋」と呼ばれています。
元舟入だった今治港と繋がっており、潮の満ち引きで水門から水が入ったり、出たりするので「呑吐樋」と呼ばれています。
今治港側にあります。
今治港はかつての中堀の隅につくられた日本最大の舟入跡に造られています。
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