都於郡城
都於郡城

[宮崎県][日向] 宮崎県西都市都於郡町


  • 平均評価:★★★★☆ 3.68(--位)
  • 見学時間:1時間1分(--位)
  • 攻城人数:57(600位)

案内板

案内板
西山豊前守慎之治

都於郡城跡

”春は花、秋は紅葉に帆をあげて
霧や霞に、浮舟の城”

と古歌にもうたわれた都於郡城(標高100m)は
建武2年(1,335)工藤祐経の子孫、伊東祐重が築城しました。以来、天正5年(1,577)までの242年間、伊東氏累代の居城として栄えました。
城は空濠や土塁をめぐらした、中世の典型的な山城で、本丸を中心に、五つの城郭(奥ノ城・ニの丸・三の丸・西の丸・本丸)など七つの山城を構え、のちに佐土原城や宮崎城など日向一円に四十八の城を築きました。
天正遣欧少年使節の正使としてヨーロッパに渡った伊東満所(マンショ)もこの城で生まれています。

   

この写真をいろんなキーワードで分類してみましょう。

  • まだ登録されていません

撮影場所

地図アプリで見る

カメラ情報

機種名Apple iPhone 6s
ISO25
F値2.2
ホワイトバランスオート
シャッタースピード1/1876
レンズ焦点距離4.2 mm
フラッシュフラッシュ未発光、オートモード
露出モード自動露出
露出時間1/1876
画像方向

都於郡城のほかの写真

すべてを表示

西山豊前守慎之治さんのほかの写真

すべてを表示

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

今日のレビュー

冬を待つ城 (新潮文庫)

最近攻城したので臨場感が新鮮なまま読破できました。九戸政実の乱は籠城軍3000VS秀吉軍150000(諸説あり)。到底勝ち目のない戦に臨んだ政実公の大義や大軍を擁してまでも攻め入らせた石田三成の目論見に目から鱗。面白かったです。

弥一左衛門さん)

書籍ページを表示する

すべてのレビューを表示する

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る