子供の日前日でしたので鯉のぼりがあがってます。
実際の位置より50mほど北に復元されているそうです。
杉良太郎からの寄贈品だそうです。
掛川城は二の丸と三の丸の名前が入れ替わっているので案内板も正保絵図に合わせて現在の二の丸を三の丸と表記しているものもあるので気をつけて下さい。
現在は二の丸への通路がありますが昔は行き止まりだったようです。
天守曲輪から
この看板が「元掛川城大手門」と掲げてるため勘違いしている人も多いですが、大手門ではなくて大手二の門・玄関下門と呼ばれていた門の移築で、二の丸御殿玄関の下にあった門です。
元々の位置には道路ができたので大手門も50mほど北に復元されています。
手前の鯉のぼりが建ってる曲輪です。
子供の日前日でしたので鯉のぼりがあがってます。
掛川城天守は日本初の木造”復元”天守です(1994年)。 ちなみに木造”模擬”天守の最古は1933年に建てられた郡上八幡城。 木造復元の”天守相当”の三重櫓としては1991年の白河小峰城などがあります。
大河ドラマで使用した山内家の家紋の幟です。 山内一豊の妻・千代は裁縫が得意で布切れをパッチワークして見事な小袖を作ったという逸話をもとに作られました。
袋井市にある油山寺には掛川城の玄関下門(大手二の門)が移築されています。
玄関下門(大手二の門)が油山寺に移築されています。
油山寺境内側より
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10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。
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